バーク下院議長代理

 

政界こぼれ話人物編 その140

バーク下院議長代理

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本 直樹

ニュース/コミュニティー

労働党のアナ・バーク下院議長代理(下院副議長)は、1966年のお正月にメルボルンで誕生している(46歳)。モナシュ大学より優等で人文学士を、そしてメルボルン大学より優等で商学の修士号を取得。卒業後は金融セクター労働組合など、労組の専従員として活躍した。

連邦政界入りは、ラッド前首相やギラード首相と同じく、98 年10月の選挙である。バークは生まれ育ったメルボルン南東部のチョゾム下院選挙区から出馬したのだが、前年の労働党予備選挙でバークが選出された時点では、実は本選挙でバークが当選すると見る向きは少なかった。

その理由は、同選挙区の現職議員が、ハワード保守連合政権で保健大臣を務めていた大物のウールドリッジであったからだ。ところが強敵ウールドリッジは、98年選挙では自由党のより安全な選挙区から出馬したため、チョゾム選挙区でバークが当選したという経緯がある。ただバークはその後の2001年、04年、07年、10年選挙と、連続して当選を果たしている。

金融セクターの労組専従員であったことから、当選後のバークは下院の経済・金融・行政委員会などに所属し活躍した。また陣笠議員時代のバークは、国民の間から抗議の声が上がっていた、厚かましい電話マーケティング問題を議会で取り上げ、これを制限する議員立法を下院に上程している。バークの行動に押された形で、当時のハワード保守連合政権も対策を余儀なくされ、その結果、バークの知名度も大いに上がった。

08年2月から10年9月まで下院副議長に就任。そして11年11月以降、再度副議長を務めていたが、今年の4月にバークに大きな転機が訪れている。それは、昨年11月から下院議長のポストにあったスリッパーが、セクラハ疑惑などで議長ポストを一時的に降りたことであった。そのため、少なくとも今後しばらくの間は、バークが不安定な「ハング・パーラメント」の下院において、継続的に議長代理を務めることとなる。

思想、信条だが、バークは一応労働党の右派に所属しているが、かなり左派的なメンタリティーも併せ持つ。例えば、ギラード政権がボート・ピープル対策として採用した、いわゆる「マレーシア・ソリューション」に対しては、ボート・ピープルの安全や人権が保障されない恐れがあるとして、公然と異議を唱えている。他方で、経験なカトリック教徒として育ったこともあって、同性愛者間の婚姻を法的に認めることなどには反対している。 人柄だが、バークのモットーは行動力と、地元有権者との接触を密にすることで、しかも親身に相談に乗ってきたことから地元民の評価も高い。家族は、救急隊員の夫のスティーブンと2人の子どもである。息抜きは読書で、英国のディケンズの小説を特に愛読している。

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