アーサー・シノディノス連邦上院議員

 

政界こぼれ話人物編 その144

アーサー・シノディノス連邦上院議員

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本 直樹

ニュース/コミュニティー

自由党のアーサー・シノディノス連邦上院議員は、1957年2月25日にNSW州第2の都市であるニューキャッスルで誕生している(55歳)。両親ともにギリシャからの移民である。父親は左派系の海運組合に所属する労働者であったが、政治問題にも関心が深く、ベトナム戦争に絡む反米キャンペーンなどにも関わっていたと言う。

大学は地元のニューキャッスル大学で、同大学より優等で商学士の学位を取得している。79年にキャリア官僚として連邦予算省に入省。翌年には財務省に異動したが、財務省には通算して13年間勤務している。87年から89年にかけて財務省から離れているが、その2年間は、当時野党保守連合の代表であったハワードの経済顧問となっている。

その後いったんは財務省に復帰したものの、野党代表に返り咲いていたハワードからの要請で、95年に再度ハワードの顧問に就任。96年3月にはハワード保守連合政権が誕生したが、シノディノスはそのままハワード首相の首席経済顧問兼政策コーディネーターのポストに就き、さらにハワードの第2代目のチーフ・オブ・スタッフ(COS)であったモリスが(注:初代は女性であった)、閣僚のスキャンダルに連座して97年に辞職したことから、シノディノスが同年10月よりCOS、すなわち首相オフィスのトップに昇格している。

首相オフィスを統括するCOSは、官僚トップの首相府次官を凌駕する重要ポストだが、シノディノスは歴代首相のCOSの中でも傑出した実力者、成功者と目されていた。ちなみに今でもハワードとは昵じっこん懇の間柄である。

結局、シノディノスはハワード政権の末期まで同ポストに留まり続けたが、06年12月に辞職し、その後は金融業界に身を投じて大手銀行の役員として活躍。政界入りを果たしたのはつい昨年のことである。

すなわちハワード政権で閣内の通信大臣などを務めたクーナン上院議員が政界から引退したことから、その後任として同年11月に、NSW州選出の連邦上院議員に就任している。そして今年の9月には政務次官としてフロント・ベンチ入りを果たし、現在に至っている。

このようにシノディノスは政治家歴が1年にも満たない新人議員に過ぎないが、将来の自由党の党首候補、少なくとも自由党指導部の一員になると見られているほどの大物である。実際に、即座に財務大臣を務められるほどの実力者と言われる。

思想、信条だが、自由党の典型的なドライ、すなわち経済合理主義者である。特筆すべきは人柄で、偉ぶったところが全くなく、暖かで誠実なシノディノスは、敵方の労働党議員からも尊敬されているばかりか、慕われてもいる。

家族は細君のエリザベスと1男1女だが、晩婚であったため下の男の子はまだ幼児である。ギリシャ正教の敬虔な信徒で、豪州のギリシャ・コミュニティーのためにも労を惜しまない。

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