コスグローブ次期連邦総督

政界こぼれ話人物編 その160

コスグローブ次期連邦総督


今年の3月に、ブライス連邦総督の後任、第26代連邦総督に就任するコスグローブ元国軍司令官は、1947年7月28日にシドニーで誕生した(66歳)。父親は職業軍人であった。コスグローブもシドニーの高校を卒業後、キャンベラの士官学校に進学。士官候補生時代には、最もタフな候補生の1人として風評であった。卒業後は、陸軍将校としてベトナム戦争に参戦し、見事な軍功をあげて、71年には「ミリタリー・クロス」を受勲している。その後、陸軍少将にまで上り詰めたものの、当時のコスグローブは、おそらく少将で軍歴を終えるものと見られていた。

ところがコスグローブは、2000年に豪州陸軍トップの参謀長(陸軍中将)に、02年には3軍の制服組トップの国軍司令官(陸軍大将)に就任している。「少将で上がり」と見られていたコスグローブの評価を一挙に高め、当時のハワード保守連合首相に、このような“異例”の人事を選択させた理由は、ひとえに東ティモールでのコスグローブの活躍、すなわち、国連の東ティモール多国籍軍(Interfet)の司令官としての、コスグローブの卓越した手腕、功績にあった。

実際、コスグローブの存在なしには、住民投票後の東ティモール情勢は相当に悪化していた可能性もあった。またコスグローブの功績は、単に東ティモール情勢を沈静化したのみならず、持ち前のメディア対応の上手さなどを通じて、東ティモール介入に対する国内世論の支持を大いに高めた点にもあった。確かに、情勢沈静化はほかの優秀な豪州軍人でも可能であったかもしれないが、これほどの世論のバックアップを獲得することは、カリスマ性を持った「兵士の中の兵士」であるコスグローブ以外には不可能であったように思われる。05年に退役したが、06年には再度世間の注目を集めている。それはQLD州を中心に甚大な被害をもたらした、大型台風ラリーの復旧活動タスクフォースのヘッドに、コスグローブが任命されたためであった。ここでもコスグローブは、見事なリーダーシップを発揮している。

退役後は、カンタス航空をはじめとする民間企業の社外役員や、豪州カトリック大学の名誉学長に就任し、第2の人生を送っていた。今回の人事だが、連邦総督の役割、権限は、一般には儀礼的なものに過ぎないものの、他方、事実上の国家元首である総督は、象徴的な意味では重要なもので、モラル面では強力なリーダーシップを発揮し得るし、それが期待される役職でもある(注:しかも総督には留保権限という、重大な権限が担保されている)。コスグローブには打ってつけの役割と言えよう。コスグローブは、連邦総督としてできる限り多くの人々と接したいと抱負を述べているが、とりわけ先住民問題への関心を明らかにしている。細君のリンとの結婚生活は37年におよび、2人の間には息子がいる。

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