ダニエル・アンドリューズVIC州野党リーダー

政界こぼれ話人物編 その152

ダニエル・アンドリューズVIC州野党リーダー

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本 直樹


VIC州野党労働党のリーダーであるダニエル・アンドリューズは、1972年6月6日に同州の地方の町ワンガラッタで誕生している(40歳)。父親は零細ビジネスのオーナーであった。食卓で政治の話が盛んに取り上げられるなど、政治好きの家庭であったという。それに加えて、地元で通ったカトリック系高校の教師の影響もあって、アンドリューズは10代のころから政治に強い関心を抱くようになった。

メルボルンのモナッシュ大学に進学し、政治、古典文学、歴史などを学習。卒業後は、労働党のグリフィン連邦下院議員(注:ラッド労働党政権下で閣外の退役軍人担当大臣を務めた。ラッド支持派グループの中心人物の1人)の選挙区スタッフとなった。その後、VIC州労働党党組織の専従員となり、2000年には同州労働党の書記長補佐となっている。

州政界入りは02年の選挙である。初当選と同時に、保健・医療担当の政務次官として早々とフロント・ベンチ入りを果たしている。06年にはゲームや消費者問題の担当として入閣し、さらに07年にはブランビー政権の下で、重要な保健大臣に就任している。保健相への就任は、アンドリューズの強い希望によるものであった。

10年11月の州選挙では、ブランビー労働党政権が予想外の敗北を喫したが、その直後に開かれた同州労働党議員総会「コーカス」で、アンドリューズは異議なしで野党労働党のリーダーに選出され、現在に至っている。保健・医療のほかに、教育分野にも強い関心を抱いている。

人柄だが、大向うを唸らせるようなパフォーマンスはできないし、また好きでもない。要するに、やや地味と言える。一方で、現在でも子どもの通学の送り迎えをするなど、庶民性を備えており、また比較的若年ではあるものの、沈着冷静で風格を備えた人物でもある。家族は、モナッシュ大学の学生時代に知り合ったキャサリンと2男1女である。

ところで最近、アンドリューズ一家の交通事故の話が報道された。それはキャサリンが運転し、家族全員が移動中であった四輪駆動車に、自転車に乗っていた15歳の少年が追突し、少年が重症を負った事件であった。キャサリンに落ち度はなかったが、事故後にアンドリューズ夫妻の行動が批判されるなど、一家にとっては思い出したくもない出来事であった。

アンドリューズの趣味は読書で、とりわけ政治史や伝記を好む。また若いころから続けてきたゴルフは、かつてはシングル・プレーヤー、激務の現在でもハンディー10という腕前である。全国でも名門のキングストン・ヘルス・ゴルフ・クラブに所属する。

またVIC州民の例に漏れず、アンドリューズもAFL(オージー・ルール・フットボール)の熱狂的ファンで、ひいきのチームはエッセンドンである。

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る