デニス・ナプサインVIC州首相

政界こぼれ話人物編 その150

デニス・ナプサインVIC州首相

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本 直樹


VIC保守連合政権のデニス・ナプサイン州首相は、1952年3月6日にVIC州のジローンで誕生している(61歳)。兄弟姉妹は10人もいて、ナプサインは上から3人目の子どもであった。公立校を経てカトリック系の私立学校で学び、その後メルボルン大学獣医学部に進学。同大学を無事卒業し、さらに獣医学関係の修士号を、後にはディーキン大学より経営学の修士号も取得している。

大学卒業後の75年から87年まで、VIC州農業省に獣医として勤務。州政界入りは88年で、その後も連続当選を果たしていることから、ナプサインは今年で議員歴が四半世紀に及ぶという、大ベテラン議員である。

92年に保健・医療担当の政務次官に、そして96年にケネット保守政権の下で若年層担当大臣として初入閣を果たしている。99年のVIC州選挙では、ケネット政権がブラックス率いる野党労働党にまさかの惨敗を喫したが、党内が茫然自失となっていた状況下でリーダーに就任したのがナプサインであった。

ところが当時のナプサインは、①メディアへの対応が稚拙で地味であったこと、②野党リーダーに不可欠な攻撃力、「パンチ力」が欠如していたこと、③何ら魅力的な政策を提示できなかったこと、さらに、④ナプサインの地元選挙区がメルボルンから遠く離れているというハンディを背負っていたことなどから、一貫して低支持率に喘いでいた。

結局、2002年8月にドイルのリーダー挑戦を受けて敗れ(注:ドイルは現在メルボルン市長を務める)、州選挙を1回も戦わずに野党リーダーから失脚するという、不名誉な記録を残している。

このようにリーダーとしては既に1度味噌をつけ、10年11月に発足したベイリュー保守政権下でも一閣僚に過ぎなかったナプサインだが、今年に入って僥倖(ぎょうこう)が訪れている。それはナプサインの誕生日の3月6日に、VIC州自由党で政変が発生したことだ。

具体的には、不正疑惑スキャンダルの渦中にあった陣笠議員のショーが、世論調査の支持率で低迷を続けていたベイリューの指導力への不満から、自由党を離党して無所属議員となったことであった。これまでベイリューはギリギリの状況で政権を維持してきたことから、ショーの離党、すなわち保守連合の議席減によって、このままでは政権が維持できない恐れがあった。そこで州首相としては1期目に過ぎなかったものの、ベイリューが党益のために、またライバルが州首相となることを阻止するために、盟友のナプサインを指名しつつ、自ら州首相を辞任したのである。

こうしてナプサインは、「タナボタ」でVIC州の第47代州首相に就任している。

庶民的で、よき聞き手として知られるナプサインは、地方にある地元選挙区の住民から高い人気は博している。思想、信条的には、自由党の穏健派に分類できよう。細君のペギーとの間に3人の子どもがいる。

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