クレダリン首席顧問

 

政界こぼれ話人物編 その170

クレダリン首席顧問


アボット首相の首席顧問(注:チーフ・オブ・スタッフ)であるペタ・クレダリンは、70年にVIC州の田舎町で誕生している(44歳)。その後一家はジーロングの近郊に転居。敬虔なカトリック教徒の父親は、ニュース・エージェンシーや食料品店を所有する小ビジネス経営者であった。カトリック系の女子高に進学し、弁論部などで活躍。当時から将来を嘱望された「目立つ」生徒であった。高校時代の夢は最高裁判所の判事になることであったが、早くから政治の世界にも関心を抱いている。実際に、メルボルン大学法学部を卒業後は、弁護士にはならずに、自由党のパターソンやアリストン連邦上院議員(注:両者ともにハワード政権下で閣内相)の顧問となっている。

その後はいったん政治の世界から離れ、3年間ほどメルボルンで働いていたが、夫のログネインの仕事がキャンベラであったことから、クレダリンは再度政治家の顧問となり、ヒルやクーナン上院議員(注:両者ともにハワード政権下で閣内相)の顧問となった。07年選挙では保守連合が下野したことから、クレダリンは再度政治の世界から足を洗ったものの、すぐに復帰し、ネルソン野党保守連合リーダーの顧問や、ターンブル野党リーダーの首席顧問に就任(注:その後、副首席顧問に降格に)。そして、09年12月にはアボット野党リーダーの首席顧問に就任し、13年9月にはそのままアボット首相の側近ナンバー・ワンとなり、現在に至っている。

言うまでもなく、野党リーダーや首相の首席顧問とは、非議員ながら、閣内閣僚を凌駕するほどの絶大な権力、影響力を誇るポストである。クレダリンは歴代自由党首相の首席顧問と比較しても、首相や政府全体への影響力が強いとされるが、長身の美貌の女性ということから、とかく注目されるし、またやっかみや嫉妬もあってか、あまりに「中央集権的」と批判されてもいる。

しかしながら、しばしば舌禍事件を起こしてきたアボット率いる野党保守連合が、一貫して見事な規律、統制振りを発揮し、13年選挙で勝利を収めたのも、クレダリンの統制力、指導力の賜物であったと言える。アボットも選挙日の勝利演説の中で、わざわざクレダリンの功績を称えている。現在でもアボットとクレダリンとの関係は盤石で、アボットは一番の政治的盟友であるクレダリンの助言を極めて重視している。

思想、信条だが、自由党の右派に分類できるが、フェミニストでもある。人柄だが、何と言っても「押しの強さ」で有名で、権謀術数に長けたタフな性格とされる。ただ、公平で暖かな性格でもあることからファンも多い。

趣味は芸術作品の鑑賞や収集で、とりわけ先住民アートを好む。スキーが上手い。家族は上述した夫のログネインだが、このログネインも同じく非議員ながら、日本の自民党幹事長に相当する自由党連邦事務局長の要職にある。

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