パラシェイQLD州首相

 

政界こぼれ話人物編 その172

パラシェイQLD州首相


先日のQLD州選挙で歴史的な勝利を収め、同州の新州首相に就任した労働党のアナスターシャ・パラシェイは、1969年7月25日に州都ブリスベンの郊外で誕生している(45歳)。下に3人の妹がいる。父親はドイツ生まれのポーランド系で、第2次世界大戦後に豪州に移民し、豪州人女性と結婚している。この父親は教師を経て労働党から州政界入りし、ビーティー同州労働党政権下で閣僚を務めた。

パラシェイは小学校時代より、勉学やスポーツに秀でた、しかもリーダーシップも兼ね備えた万能型の生徒で、将来を大いに嘱望されていた。大学はQLD大学で、ここで法学と人文科学の学士号を取得。さらに奨学金を得て、英国の名門校であるロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に留学し、修士号も取得している。帰国後は、労働党の州閣僚の顧問を務めたが、その後は弁護士となるべく、弁護士開業資格の取得のための勉強をしていた。ところが2006年に父親が、22年間にわたった州議員生活から引退することを決意。そこでパラシェイは、急遽キャリア・チェンジを図って政界入りを目指し、父親が保持してきた安全選挙区の党内予備選挙に出馬し、党の公認候補に選出されている。

そして06年9月に実施されたQLD州選挙で初当選し、政界入りした。その後も労働党政権下で順調に昇格を果たし、08年10月には政務次官に、翌09年3月には、再選されたブライ政権下で身障者サービスおよび多文化主義問題の担当として初入閣を果たし、さらに11年2月には、重要な運輸と多文化主義を担当する閣僚へと昇格している。12年3月の州選挙では、ブライ政権が完膚なきまでに叩き潰され、選挙前に51あった労働党議席数がわずか7にまで激減。その時点では、労働党が長期にわたって野党となることが確実視され、「異議無し」で野党リーダーに選出されたパラシェイが、将来州首相に就任すると見る向きは皆無であったが、先日の州選挙では驚天動地の勝利を収め、第39代目の州首相に就任し、現在に至っている。なお、パラシェイは全国的に見ても、野党リーダーから選挙を経て州首相となった初の女性となった。

思想、信条だが、労働党の右派に所属する。野党リーダー時代には、労働党の中核的な信念、目標である、労働者の権利擁護、環境保護、そして教育への投資、の3つに立ち返ることの重要さを訴えていた。人柄だが、率直な物言いからタフな印象を抱かれているが、実は聞き上手で、また身障者問題の担当閣僚であった時に広く認識されたように、慈愛に満ちた人物と言われる。2回の離婚歴があり、初婚の相手は連邦議会プレス・ギャラリーの著名記者、次の相手は連邦労働党の大物閣僚の首席顧問であった人物である。子どものいないパラシェイは、姪や甥を非常に可愛がっている。人気グループであったアバの大ファンである。

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