ディー・ナターレ党首

 

政界こぼれ話人物編 その175

ディー・ナターレ党首


つい先日、豪州グリーンズ党の党首に就任したリチャード・ディー・ナターレ上院議員は、1970年6月6日にメルボルンで誕生している(44歳)。

父親はイタリアのシシリー島からの移民で、豪州では電気工事士となった。母親の家族もイタリア南部からの移民である。大学はメルボルンのモナシュ大学医学部で、またラ・トローブ大学から公衆衛生・保健学で修士号も取得している。しばらく開業医として働いた後、社会問題に強い関心を抱いていたディー・ナターレは、NTでアボリジニの健康問題やインドでHIVの予防活動に携わっている。早くから政治にも関心を抱き、2002年のVIC州下院選挙でグリーンズから出馬したのを皮切りに、04年にはメルボル市長選挙および連邦上院選挙、また06年には再度同州下院選挙に出馬している。

すべて落選の憂き目をみたものの、かなりの善戦であった。そして10年8月の連邦上院選挙では、VIC州グリーンズ候補者の、いわゆる「上院チケット順位」(注:各政党が事前に決定する、党候補者の優先当選順位)で第1位であったおかげで、見事初当選を果たしている。VIC選出のグリーンズ連邦上院議員は、ディー・ナターレが初めてであった。11年7月に正式に上院議員となってからは、グリーンズ内では保健・医療や多文化主義といったポートフォーリオを担当したが、ギラード労働党政権に歯科治療分野で重大な新政策を受け入れさせるなど、大きな得点を上げている。

そして今年の5月に、ミル党首が突然党首ポストからの辞任と、政界からの引退を表明したのだが、引退記者会見の前に実施された党首選挙では、「異議なし」でディー・ナターレが後任に選出され、現在に至っている。ディー・ナターレの党首就任は驚きをもって受け止められた。

思想、信条だが、ミルが環境保護問題を第一義に考える議員であったのに対し、ディー・ナターレはいわゆる「スイカ・グリーンズ」議員(注:環境問題以上に、少なくとも同等に社会正義や社会公正問題を重視するグリーンズ議員。「スイカ」という呼称の由来は、外側は環境保護の緑だが、中身は共産、社会主義の赤というもの)である。ただミルが、グリーンズを従来の抵抗勢力/抗議政党へと回帰させることを志向していたのに対し、ディー・ナターレは「左翼本流を目指す」と発言している。これはミルの路線を否定するもので、アボット政府としても、グリーンズとの法案交渉を期待したいところであろう。

人柄だが、グリーンズ議員と言えば、口角泡を飛ばして議論するようなイメージがあるが、ディー・ナターレは酒場でビールを飲みながら、一緒にスポーツ観戦をしたいような、気さくな好人物とされる。趣味はスポーツで、オージー・ルール・フットボールばかりか、サッカーやクリケットも得意である。家族は妻のルーシーと2人の息子である。

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る