マーベラス・メルボルン「アイアン・ハウスとシンガポール・コテージ」

メルボルンはかつて世界一の金持ち都市となり「マーベラス・メルボルン」と呼ばれた栄華の時代があった。メルボルンを首都としたオーストラリア連邦政府ができる1901年までの50年間、メルボルンっ子はいかにして驚異のメルボルンを作り上げていったのか――。

第32回 アイアン・ハウスとシンガポール・コテージ

サウス・メルボルンのベル・ハウス(鉄製簡易住宅)
サウス・メルボルンのベル・ハウス(鉄製簡易住宅)

1851年にビクトリアでゴールド・ラッシュが始まり、メルボルンの人口は3万人から30万人へと数年で膨張した。それにより特に住宅不足が深刻化し、移民上陸地に近いサウス・メルボルンには簡易テントが並び、テント・シティーやキャンバス・タウンと呼ばれた。植民地政府は簡易式の住宅を数多く輸入。それがアイアン・ハウスやシンガポール・コテージと呼ばれる簡易組み立て式のプレハブ住宅であった。

49年、米カリフォルニアのゴールド・ラッシュで大量の簡易ハウスの需要があり、イギリスでは簡易住宅を大量供給できる生産体制が整っていた。

価格も高級な物はイギリスで製造され、比較的安価な物はシンガポールで製造された。簡易ハウスは、住宅だけでなく倉庫、教会などに多目的利用された。鉄製ベル・ハウスは、英マンチェスターの鉄鋼産品製造業ETベルハウス社が特許製造した物で、大量に生産販売されたが、現存するのは世界でサウス・メルボルンとスコットランド(英国王室所有)の2つだけである。

ロイヤル・パークにあるウォムズレイ・ハウス
ロイヤル・パークにあるウォムズレイ・ハウス
サウス・メルボルンに保存されているシンガポール・コテージ
サウス・メルボルンに保存されているシンガポール・コテージ
コリンウッドにあるシンガポール・コテージ
コリンウッドにあるシンガポール・コテージ

ベルハウス社の鉄製住宅は、多数の鋳物構造と屋根の配管要素を基本としている。ベルハウス社製鉄製家屋は、1971年にナショナル・トラストによって保管された。同社は、1842年に設立。45年に工場用防火ドアを製作し、48年にはプレハブ式鉄製ハウスを製造して大量にゴールド・ラッシュ期のカリフォルニアへ輸出。51年には第1回ロンドン万博で優秀賞を受賞。53年鉄製構造で特許取得。蒸気ボイラー、流体圧縮機で特許取得。鉄製ハウスの父と呼ばれる。

メルボルン北部のロイヤル・パークの鉄製ウォムズレイ・ハウスは、メルボルンで設計され、ロンドンのジョン・ウォーカー社が製造した物で、リッチモンドの警察所や公務員住宅として数百戸が輸入された。

シンガポール・コテージは、シンガポールや近郊のマレー地区でマレー人の大工職人が南洋材を使って製作、同地の中国人商人がメルボルンに輸入した物である。屋根を支える支柱、屋根下部のけた材などにマレー人の大工職人の特徴がよく表われている。ビクトリア植民地政府がゴールド・ラッシュ期に押し寄せる移民への住宅供給のために法律規制を弾力化するなどの対策を取っていたことなども興味深い。

日本では江戸末期に、イギリスの鉄鋼簡易住宅やアジアの木造簡易住宅が大量に生産され、金塊があったメルボルンに大量に輸入されていたのは驚くべき事実である。産業革命がアジアでも進行していたことがうかがえる。

筆者の調査ではメルボルン市内の少なくとも6カ所にプレハブ式輸入簡易住宅が良好な状態で保存されている。


文・写真=イタさん(板屋雅博)
日豪プレスのジャーナリスト、フォトグラファー、駐日代表
東京の神田神保町で叶屋不動産(Web: kano-ya.biz)を経営

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