AUSメディア・ウォッチ「オーストラリアンズ・ファースト」

オーストラリア・メディア・ウォッチ

オーストラリアの新聞をはじめ、テレビ、ラジオ、映画、書籍などのメディアで今話題のもの、または面白い記事やエピソードを毎月1つ取り上げ、そこから見えるオーストラリア社会を在豪日本人の視点で紹介する。

第21回:オーストラリアンズ・ファースト

「オーストラリア人労働者が優先的に職に就くべきです。そのために457ビザを廃止します」

4月18日、マルコム・ターンブル首相はフェイスブック上に自身の映像を投稿し、このようなメッセージを送った。

「本日の重要な発表は、皆さんに最初に知って頂きたいと思いました」という言葉で始まるこのメッセージ。記者会見を前に、ソーシャル・メディアで直接国民に伝える形となった。今回の発表が、国民に対するアピールであったことがうかがえる。

ビザに関する変更は珍しいことではないが、気になったのは首相の「私たちは職を第一にします。オーストラリア人を第一にします」という表現。

ここで使われた英語は、「オーストラリアンズ・ファースト」。最近どこかでよく聞く言葉と似ている。

457ビザの廃止と市民権取得要件の厳格化

今回廃止となったテンポラリー・ワーク・ビザ(サブクラス457)、通称「457ビザ」は外国人技能労働者を受け入れるためのもので、オーストラリアに住む日本人にとっても身近な就労ビザだ。これを廃止し、テンポラリー・スキル・ショーテージ・ビザ(TSS)が新たに導入されることになった。TSSビザでは、英語能力などの要件が厳格化される。また、2つのストリームに分かれており、2年間の短期ストリームではビザの更新は1回に限られ、4年間の中期ストリームでも対象者を絞り込むため、結果的には永住権への門も狭まることになる。

移民政策の引き締めはこれで終わらなかった。457ビザの廃止が発表された2日後の4月20日、今度は市民権取得要件の厳格化が発表された。

求められる英語能力の基準が引き上げられ、「オーストラリアの価値観テスト」が導入されることになった。永住権取得から市民権申請までの期間はこれまでの1年間から4年間になり、その間に地域社会に適応したかの証明も求められるようになる。

オーストラリアの市民権取得への道のりは少し長くなった
オーストラリアの市民権取得への道のりは少し長くなった

特に「オーストラリアの価値観テスト」はメディアで話題となった。そもそも「オーストラリアの価値観」とは何だろう。

発表当日キャンベラで記者会見を行った首相は、オーストラリア人としてどのような価値観を持つべきかとの記者の質問に言葉を詰まらせた。

しどろもどろの言葉を並べた後に、ようやく出てきたのが「相互敬意」、「男女平等」、「民主主義」、「自由」、「法の支配」。そして、これだと思いついて最後を締めたのが、オーストラリアらしいモットーとされている「フェア・ゴー(機会の平等)」だった。

「首相は妥当なポイントは挙げた」が、これは「価値観とは言い難い」と「news.com.au」(2017年4月20日)のマルコム・ファー氏は言う。

押し流されるターンブル首相

オーストラリアの動きは海外でも報道され、エコノミスト誌(電子版:同年4月27日)は「オーストラリアの首相は以前のような男ではなくなった」と題する記事を掲載。「マルコム・ターンブルは移民の擁護者だった。それが今や『オーストラリア第一』だ」と指摘した。

もともとターンブル首相は、右派の自由党内でもセンター寄りとされていた人物だ。思想は比較的に進歩的で、移民問題や同性婚の合法化などに関しても党内の保守派とは一線を画していた。それがどうしたのだろう。

「(457ビザに関して)その要件と審査を厳格化するだけなら、なぜビザ名称を変える必要があったのか。答えは自ずと出てくる。それは政治的効果を最大限にするためだ」

こう分析するのはシドニー・モーニング・ヘラルド紙(電子版:同年4月18日)のマーク・ケニー氏。左の労働党ビル・ショーテン党首、右のワン・ネーション党ポーリン・ハンソン党首の間に挟まれ、支持率の低下に苦しむ首相は今回のような動きに出ざるを得なかったという。

「アメリカで外国人労働者を排除する動きがある中、オーストラリアにも同じような傾向があることは明らかだ。これもまたトランプ効果の証である」

オーストラリアン紙(電子版:同年4月22日)のポール・ケリー氏もビザの刷新について、「ポピュリズムのマーチが我々の国家としての質をむしばんでいる」と書いている。

オーストラリアの大学には今、トランプ氏の勝利やEU離脱に幻滅した研究者を受け入れる絶好の機会があり、企業もまた技能のある人材を海外から招き入れることで業績や生産性を上げることが出来る、とケリー氏は指摘。

「他の西洋諸国が保護主義に傾く中、オーストラリアには新しいチャンスがあるというのに、それを踏み潰してしまうほど我々は愚かなのか」と問う。

世界で最も成功した多文化国家

ターンブル首相は「オーストラリアは世界で最も成功した多文化国家だ」と繰り返し述べてきた。

その言葉に異論は無い。オーストラリアより成功している多文化国家はどこかと問われれば考えてしまう。しかし、この評価がいつまで続くかは分からない。

トランプ、ポピュリズム、ポーリン・ハンソン、党内の保守派などからの圧力に押し流されるターンブル首相。「オーストラリアンズ・ファースト」の旗を掲げて、どこへ行ってしまうのだろうか。


クレイトン川崎舎裕子
Hiroko Kawasakiya Clayton
◎米系通信社の東京特派員(経済・日銀担当記者)を経て、2001年よりオーストラリア在住。クイーンズランド大学院にてジャーナリズム修士号を取得後、03年からライター。キャンベラを拠点に社会事情などについての記事を雑誌や新聞に執筆する
Web: twitter.com/HirokoKClayton

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