AUSメディア・ウォッチ「恐怖を煽るテロ」

オーストラリア・メディア・ウォッチ

オーストラリアの新聞をはじめ、テレビ、ラジオ、映画、書籍などのメディアで今話題のもの、または面白い記事やエピソードを毎月1つ取り上げ、そこから見えるオーストラリア社会を在豪日本人の視点で紹介する。

第22回:恐怖を煽(あお)るテロ

イギリスでテロが続いた。6月3日(現地時間)にロンドンで起こったテロで8人が亡くなり、その12日前にマンチェスターで起きた自爆テロでは22人が亡くなった。

このようなテロが起こる度に世界中が動揺する。ソーシャル・メディアでは真偽のほどが定かではない情報が飛び交い、新聞やテレビはその媒体の姿勢によって互いに対立する。それはまさに、混乱して分断する今の世界を象徴しているようだ。

対立するメディア

1面トップで報じられるロンドンのテロ。各紙の姿勢の違いは見出しにも表れる
1面トップで報じられるロンドンのテロ。各紙の姿勢の違いは見出しにも表れる

マンチェスターで事件が起こる直前の5月22日、オーストラリアでは公共放送ABCの討論番組『Q&A』でテロが話題になっていた。

「アメリカでは、(テロで死ぬよりも)冷蔵庫が倒れてきて死ぬ確率の方が高い」

番組にパネリストとして参加していたアメリカの理論物理学者、ローレンス・クラウス氏のこの発言が、その週のメディアをにぎわせることになった。

クラウス氏はテロの統計的な確率を、比喩を交えて説明したまでのことなのだが、これに保守派の雑誌『クアドラント』が反応した。翌日23日にオンラインで掲載された記事の中で同誌のロジャー・フランクリン氏は、クラウス氏を「飽きることを知らない自己主張者」、「大嘘つき」などと呼んで批判した。

更に、「正義があるならば、爆弾は(番組が制作されているABCの)ウルティモ・スタジオで爆発していたはずだ」などと述べた。

これには、ABCのマネジング・ディレクターであるミシェル・ガスリー氏が反撃。クアドラント誌に宛てた手紙の中で、テロ爆発がABCで起こってそこにいる人が死ねばいいなどと表現することは「オーストラリアの国内議論を最低のレベルにおとしめることだ」と批判し、掲載記事の取り下げと謝罪を求めた。

テロと難民の関連性

クラウス氏が指摘したような、テロで死亡する確率の数字は各所で示されている。

米国ケイトー研究所などのデータを使ったビジネス・インサイダー(2017年2月1日)の統計によると、アメリカ人が生涯でテロで死亡する確率は4万5,808分の1だ。これは偶発的な銃の事故で死亡する確率が7,945分の1であることと比較するとかなり低い。ガーディアン紙(電子版:同年2月8日)も、アメリカ人が幼児に銃で撃ち殺される確率は、テロで死亡する確率の2倍であるという計算を示している。

それでもテロは人びとの恐怖を煽り、その恐怖から来る怒りの矛先はイスラム教徒や中東地域出身の難民へ向けられる。オーストラリアにおけるその動きを代表するのが、ワン・ネーション党のポーリン・ハンソン氏だろう。

イスラム系移民の受け入れ禁止を主張するハンソン氏は5月25日、連邦議会上院での質疑応答に出席。オーストラリアの情報機関ASIOのダンカン・ルイス長官に対し、テロの脅威は中東系の難民によって持ち込まれていると思うかとの質問を投げかけた。

それに対しルイス氏は、「難民とテロの間に関連性があることを示す証拠は一切無い」と一蹴。オーストラリアで生まれた難民の子どもが、イスラム過激派に転じやすいという証拠も無いと述べた。

これがまたメディアで議論を呼んだ。保守派の間では、14年にシドニーのリンツ・カフェで起こった立てこもり事件の犯人が難民認定されていたことなどが指摘された。

しかし、フェアファックス・メディアが取材した6人の専門家全員が、ルイス氏の発言をおおかた支持したという。ディーキン大学のグレッグ・バートン氏は、人びとがテロに関わるのにはさまざまな背景があるが、難民であることは過激化の大きな要因ではないと主張。オーストラリア国立大学のクラーク・ジョーンズ氏も、国の情報機関であるASIOが難民とテロを関連づける証拠を持っていなければ、「他の誰も知る由もない」とルイス氏を支持した。(シドニー・モーニング・ヘラルド紙、電子版:同年5月30日)。

事実と向き合う

クラウス氏は『Q&A』で、「イスラム系テロリストの危機にさらされているのは、本当はイスラム教の国の人びとである」と述べている。

メディアの注目は西洋諸国で起こるテロばかりに集まりがちで、アフガニスタンやイラクで頻繁に起こっているテロでどれだけのイスラム教徒が亡くなっているかということを意識する機会は少ない。

米国国務省の統計によると、2015年の国別テロ件数上位10カ国のうち7カ国が、イスラム教徒が大部分を占める国である。

過激派のテロに対する恐怖と怒りを、イスラム教徒や難民に向けることは問題解決にならない。テロの原因がそこにあるわけではなく、またイスラム系の人びとも被害者であるからだ。

ルイス氏は上院での質疑応答で、オーストラリアに対するテロの脅威は今後も続くとの見方を示した。

「まだ終わりではない。終わりの始まりでもない。どちらかというと、始まりの終わりです」

引き続きテロの脅威がある中、煽られることなく冷静に事実だけと向き合っていきたい。


クレイトン川崎舎裕子
Hiroko Kawasakiya Clayton
◎米系通信社の東京特派員(経済・日銀担当記者)を経て、2001年よりオーストラリア在住。クイーンズランド大学院にてジャーナリズム修士号を取得後、03年からライター。キャンベラを拠点に社会事情などについての記事を雑誌や新聞に執筆する
Web: twitter.com/HirokoKClayton

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