AUSメディア・ウォッチ「格差社会の子どもたち」

オーストラリア・メディア・ウォッチ

オーストラリアの新聞を始め、テレビ、ラジオ、オンライン・メディア、映画、書籍などで今話題のもの、または面白い記事やエピソードを取り上げ、そこから見えるオーストラリア社会を在豪日本人の視点で紹介する。

第33回:格差社会の子どもたち

オーストラリアではタクシーに乗る際、助手席に座る人が多い。後部席に座ると、運転手を目下に見ている印象を与えるからだ。隣に座ることで、自分の平等意識と相手に対する配慮を示す。

これほどオーストラリアに浸透する平等主義。それはメイトシップなどと並んで、オーストラリア人が大切にする価値観の1つでもある。

その「平等」が今、揺らいでいる。

広がる格差

経済格差は教育の格差とも強く結びついている。子どもたちには平等な教育の機会を与えてあげたい
経済格差は教育の格差とも強く結びついている。子どもたちには平等な教育の機会を与えてあげたい

「オーストラリアは世界で最も平等な国の1つだったが、今では先進国の中で平均以下になってしまった」

グッド・ウィークエンド誌(2018年4月21日)でこう指摘するのは、米コロンビア大学教授でノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ氏だ。スティグリッツ氏は、国内総生産(GDP)だけで見れば経済成長が続く豪経済についてこう述べている。

「(格差の拡大は)政策変更の結果です。回避できなかったわけではありません。私はいつも、GDPは国を評価するのに良い方法ではないと言っています。一般市民に何が起こっているかということが重要なのです」

それでは、オーストラリアの一般の人びとは今どのような状況にあるのだろう。

分かりやすいのは住宅事情だ。住宅価格の高騰で、持つ者と持たざる者の差が広がった。持つ者はネガティブ・ギアリングなどの優遇政策を利用して幾つもの投資物件を持つ。持たざる者は家を借りるわけだが、それも貧困層にはますます厳しくなってきているという(18年アングリケア・レンタル・アフォーダビリティ・スナップショット)。

エヴァット基金というシンクタンクの報告書(16年)によると、オーストラリアで最も豊かな上位20パーセントの家計が所有する財産の総額は、12年以来1.3パーセント増えたという。1.3パーセントというと少ないように聞こえるが、その額は、最も貧しい下位20パーセントの家計が所有する財産の総額に等しい。豊かな人と貧しい人の格差がどれだけ大きいかが分かる。

そんな中、一番打撃を受けやすいのは弱い立場にある子どもたちだ。

5人に1人のオーストラリアの子どもたちが、この1年の間、食べ物が家にないためにお腹を空かせることがあったという信じがたい報告書もある。

生活困窮者などに食品を提供する非営利団体フードバンクが4月に発表した調査では、食べ物が十分にない家庭では少なくとも1週間に一度、朝食を食べずに学校へ行く15歳未満の子どもが18パーセント、お弁当やそれを買うお金を持たずに学校へ行く子どもが15パーセント、夕食を食べずに寝る子どもが11パーセントいることも明らかになった。

経済格差が引き起こす学力格差

子どもたちの家庭の格差はそのまま教育の格差となって表れる。

「教育における格差の拡大が、09年から15年の6年間で、豪経済に200億豪ドルもの損失を与えた」

こう試算するのは、教育の格差に関する報告書を今年4月に発表した公教育基金だ。

この報告書に関する記事の中でガーディアン紙(電子版、同年4月3日)は、教育を受けた年数が少なく、学業成績が良くなかった親の子どもは、就学時点から遅れを取っていることを指摘。そういう子どもたちは、貧困家庭の出身である傾向が強いという。

オーストラリアの子どもの学力が低下していることはよく知られている。経済協力開発機構(OECD)による生徒の学習到達度調査(15年PISA)で、オーストラリアの15歳児の科学的リテラシーはスロベニアやベトナムなどのレベルを下回った。数学的リテラシーのスコアは494点と特に低く、日本の532点とも大きく差をつけた。

公教育基金エグゼクティブ・ディレクターのデイビッド・ヘザリントン氏はPISAの結果をこう分析している。

「底辺の生徒(の学習到達度)の低下率は、トップの生徒の1.5倍。トップと底辺の差が更に広がっているのです」

将来の収入にも影響する教育の格差は更なる経済格差を招き、国の経済や社会全体にも打撃となる。

「格差が広がっていること、国際ランキングで順位を下げていることに対処するため、オーストラリアの教育システムは、底辺の生徒に目を向けなければなりません」

まずは子どもたちの格差是正から

公共放送ABC(18年4月3日)はこの問題について、ある学校の成功例を紹介している。

シドニーのアシュクロフト・ハイスクールは、生徒の4分の3が国内で最も貧しい層の家庭の出身だ。それにもかかわらず、NAPLAN(全国共通テスト)で学力の大幅な改善を見せたという。

その背景にあったのは健康面での支援。貧困層の子どもたちは医療サービスへのアクセスもままならないことが多い。そこで同校では、看護士やスピーチ・セラピスト、心理学者などのヘルス・ワーカーを雇ったという。

格差の問題は教育の場から始まる。せめて子どもたちは同じスタート台に立たせてあげたい。オーストラリアらしい「平等」の価値観がこれからも大切にされるように。


クレイトン川崎舎裕子
Hiroko Kawasakiya Clayton

米系通信社の東京特派員(経済・日銀担当記者)を経て、2001年よりオーストラリア在住。クイーンズランド大学院にてジャーナリズム修士号を取得後、03年からライター。キャンベラを拠点に社会事情などについての記事を雑誌や新聞に執筆する
Web: twitter.com/HirokoKClayton

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