先日亡くなったミニマル・アートの河原温について知りたいです

関心はあるものの、実はまったく理解できない! いったいどこから勉強していいのか分からない! そんな読者の心の声に答えるべく登場したこのコラム。奥深い現代アートの世界に対する素朴な疑問に、著者がずばり回答。優しく解説してくれます。これを読めば、芸術の世界がぐっと身近に感じられるはず。

第6回

先日亡くなったミニマル・アートの河原温について知りたいです

河原温(かわらおん)というと、生年月日も公表せず、経歴に多くの不明な点が残る不思議なアーティストとして知られていました。経歴書に記されているのも数字のみ。生前最後の職務履歴書に至っては「29,771 days」とだけあります。これは彼の生きた日数を表していました。

河原温は、活動初期に「浴室シリーズ」の作品群で、東京の現代美術界に衝撃を与えると、1950年代後半にはメキシコへ渡ります。その後パリを経由して65年ごろからはニューヨークに拠点を定めました。私がニューヨークに毎年滞在していた80年代、「イースト・ビレッジのカフェには、毎日決まった時間帯に河原温が現れる」といううわさがありました。私が居候していたニューヨーカーの友人は何度か見かけたと言っていましたが、私自身は残念ながら遭遇したことはありませんでした。

ニューヨークに移住したころから、彼は「Title」や「Location」など、文字や数字、地名地図が記された記録的要素の大きい作品の制作を試みました。

文字を象徴的に使う画家としては、その先駆けとしてエド・ルシェが挙げられます。彼は60年代初期に、ハリウッド映画のロゴに影響を受けた作品を作っています。その後、バーバラ・クルーガーなどによる「トゥルーイズム」という作品群も現れますが、河原はこれらの作家たちとは、日付を描くというシンプルで普遍的な点において、一線を画しています。宮島達男もまた数字を使う作家ですが、彼の使用する数字はデジタル。特徴はゼロを使わないことで、人類の永遠の輪廻を表しているそうです。実は私は宮島とは2回会っていて、1回目はクアラルンプールの美術館ででした。2回目は、長崎の原爆で生き残った柿の木の苗木を世界に配るというプロジェクトで、メルボルン・ビエンナーレへ来た時です。

河原は66年から「Today」シリーズの制作を始めました。これは、数字と月日のアルファベットを黒字の上に白で丹念に描いただけの作品です。日付は“Jan. 4.1966”からスタート。毎日根気よく決まって描く時期もあったかと思えば、ひと月のうちに1作品しか仕上げないこともあったり、その逆で1日にいくつもの作品を描くこともありました。制作に携わった当日の日付を、その時に滞在した国の言葉で記すのですが、日本滞在中には、エスペラントと呼ばれる人口言語で記されました。

デジタルな書体のため、ステンシル(型紙)や定形のフォントを使ったものと思われがちですが、実は丁寧にフリー・ハンドで塗られています。黒っぽい背景色の上に何層にも塗り重ねるのですが、これは抽象画家モンドリアンの製作過程にも似ています。モンドリアンも薄塗りの地塗りの上に3原色と白と灰を何層にも積み重ねて刷毛の跡がないまでに仕上げ、中でもその白使いはベルベット・ホワイトと言われるくらい有名。こうした手法を踏まえて見てみると、河原はこの作品を絵画作品として仕上げていたということになります。

しかし、なぜ日付だけの絵が芸術作品足り得るのでしょうか? その理由として、日付は「レディ・メイド」であるという概念が挙げられます。レディ・メイドとは、以前に本コラムでも取り上げたアーティストのマルセル・デュシャンによって確立された現代美術の分野。あまりにも簡潔で普遍的な情報によって観る者は唖然としてしまいます。絵画作品として鑑賞する感覚が麻痺してしまうのですね。このように常識を逆手にとった美術手法のことをいいます。

次に、この作品はあまりにもミニマルでありながら、作者の個人としての存在をしっかりと感じさせてくれるという特徴が挙げられます。作品を通じて、その背後に作者がきちんといたということが伝わってくるのですね。作品に使われた厚紙の箱も1つ1つ手作りで、そのふたにはその日の新聞の切り抜きや、地図などが張られています。

基本的に河原の絵画行為は、シュールリアリズム(超現実主義)でお馴染みのオートマティック・ドローイング。機械的に描かれた日付を見て、人は集団的無意識を再発見させられます。日付そのものは単なる記号で、特殊なものでもコピーでもありませんが、アーティストの手で描かれることによってオリジナルな作品へと昇華するのです。

その日に描かれた日付は、河原がその日に生きたことを表します。実際には変わりゆく日付と、作品の中でそこに留まり続けるその日という現在性。これを美術作品として鑑賞するということは、その2つの事実性の真ん中に浮遊する河原の日付を鑑賞していると言うことができます。

この彼の日付絵画は、実は壮大なスケールでつながっていて、百万年過去と百万年未来の2つのシリーズをすべてタイプ打ちで数千ページにわたって作り上げられています。また、これとは別に月別のカレンダーや、自分が滞在した先からの絵葉書などを、点や線と捉えて結びつけていく複雑なシステムで構築された作品もあります。

日本人でありながら、日本的な要素を一切交えることなく、時間と場所という人類においては普遍的なコンセプトを扱って美術史に名を残したこのアーティストは、今後も広く語り継がれるでしょう。


<著者プロフィル>
登崎榮一(Ph.D)◎メルボルン大学美術史/哲学学部博士課程修了、モナーシュ大学 アート&デザイン学部博士課程所属。現在は、メルボルン大学哲学科名誉フェローまたアーティストとして活躍するほか、ディーキン・RMIT大学(藝術の哲学)でも講師を務める。Web: bimanualdrawing.wordpress.com

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