【現代アート塾】耳をモチーフにしたらアートなんですか?

関心はあるものの、実はまったく理解できない! いったいどこから勉強していいのか分からない! そんな読者の心の声に答えるべく登場したこのコラム。奥深い現代アートの世界に対する素朴な疑問に、著者がずばり回答。優しく解説してくれます。これを読めば、芸術の世界がぐっと身近に感じられるはず。

第8回

“耳をモチーフにしたらアートなんですか?”


三木富雄の耳。Bar 兎 東京にて

耳の彫刻で有名な三木富雄(1937~1978)は、日常とアートを結び付けようと活動したアート集団の東京フルクサスや、高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之の3人によって1960年代前半に結成された前衛芸術グループ、ハイレッド・センターなどと関わりのある作家でした。そのほかにも交流があったのは内科画廊グループ、ゼロ次元グループ、荒川修作、篠原有司男、そして後に九州派として知られる菊畑茂久馬、など個性的な面々ばかり。

ほかのアーティストが目まぐるしくスタイルを変えていく中、三木は「耳」だけに特化する作家として知られていきます。63年からは、石膏や、アルミニウム・鉛などの合金の鋳造で耳型の作品を制作し始め、78年に急逝するまでほとんど「耳」一筋、しかも左耳ばかりを作り続けました。「耳が私を選んだのだ」という彼の言明はとても有名。それは朋友・高松次郎が影の作品を生み出し続けたのに似ていますが、それでも彼特有の解剖学のサンプルのような彫刻の連作は異彩を放っています。勅使河原宏監督の映画『他人の顔』にも、造形美術で参加していました。

三木は議論は好きだったようですが基本的には寡黙で、孤立して制作を続けていたようです。表現することより聞くことに存在論的な根拠を求めたと言えるかもしれません。美術評論家の峯村敏明は三木を評して、「一なる存在の切断・分裂という事態、そしてその痛覚」と書いていますが、グロテスクな形状の左耳と孤独の痛みとは裏腹に、スポーツ・カーに凝り、アンソニー・パーキンスのようなクールでスマートな出で立ちであったようです。

さて、耳というとゴッホの切り取られた左耳(耳たぶ)が有名です。そのほかにも、三木の左耳という単一物の繰り返しには、明らかにウォーホルをはじめとするアメリカン・ポップの影響を受けていることが見て取れると同時に、マンダラ的な千体仏や千手観音を思わせる仏教的な要素も感じられます。これはなぜでしょう?

耳は身体の平衡も司る器官。そして眼球に比べると受動器官とも言えます。日常、見たくないものがあれば自然と目をつぶりますが、聞きたくなくても耳を塞ぐという行為はよっぽどのことがなければしないでしょう。また、目が分析的で瞬間的な機能であるのに対して、耳は連想的で恒常的です。基礎的存在論としての実存哲学を形成したドイツの哲学者、マルティン・ハイデッガー的な存在としての時間(編注:同氏の著書『存在と時間』は、この存在と時間の関係について語ろうとしたもの。経験的な「存在者」と超越的な「存在」を区別した上で、経験的地平である空間と超越的地平である時間を区別しようとした)、そしてそれぞれの主体に個別の現在という時間がある、という主張も、耳を通して解釈しようとしてみると、面白いものです。それを耳で確かめ、時間を聞こうという行為そのものが、反日常的な認識のプロセスを示していて、まるで私たちを非日常の世界へといざなってくれるよう。これらの概念には「反芸術」という60年代の美術運動も深く根を張っています。さらに、普段は存在を忘れられている耳という器官、そしてその器官の受動的要素が、禅的瞑想のゆるやかに流れていく時間存在の受容に結びついて、私にはここに仏教的要素があるようにも思えるのです。

三木はアルミの鋳造という技術上の特異さからも西洋的観念論を超えた東洋的なメッセージを受け取っていたようです。三木自身、自分の個展に向けての走り書きで、自分は「アルミが溶融・凝結して耳の形象を表わし出す過程に、物質と物質を越えた想念との同一化という形而上的な事態の現れを見ようとしていた」と言っています。物質が溶解し耳という受容器を形成するその過程そのものに、物質つまり自然と自我としての観念が溶解し一体化するというプロセスを見ていたような気がします。

ある日、私は偶然にも、三木の作品の1つに出合うことになりました。それは美術館や画廊といったかしこまった場所ではなく、あるバーの店内の一角でです(写真)。その店は、坪内一忠という作家と奥さんが2人で始めた「兎(うさぎ:中西夏之氏命名)」バーです。坪内氏はしばらくハイレッド・センターや内科画廊・内村画廊といった活動に関係し、デュシャンの反芸術の延長線上で制作をし、知られた存在でしたが、早くに美術家家業から足を洗い、仲間が集う酒場を始めたのです。同氏は早逝されますが、奥さんが跡を継ぎ、現在も運営は続いています。私はひょんなことから氏のご子息と知り合い、伝説的バー兎に案内していただきました。息子もアーティストで中西氏が師匠にあたります。

坪内氏のことは菊畑茂久馬の九州維新派の本「半芸術奇談」に出てきます。坪内氏の三木富雄も出席していた結婚式でのどんちゃん騒ぎの様子が描かれています。このご夫婦は日本の60年代で現代美術転換期のまっただ中に生き、酒場という無差別の場を提供することで、反芸術を文字通り実行したのでした。ここにも、三木富雄の耳は立派に居場所を見つけていました。

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<著者プロフィル>
登崎榮一(Ph.D)◎メルボルン大学美術史/哲学学部博士課程修了、モナーシュ大学 アート&デザイン学部博士課程所属。現在は、メルボルン大学哲学科名誉フェローまたアーティストとして活躍するほか、ディーキン・RMIT大学(藝術の哲学)でも講師を務める。Web: bimanualdrawing.wordpress.com

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