【現代アート塾】一色に塗っただけでもアートですか?

現代アート塾

関心はあるものの、実はまったく理解できない! いったいどこから勉強していいのか分からない! そんな読者の心の声に答えるべく登場したこのコラム。奥深い現代アートの世界に対する素朴な疑問に、著者がずばり回答。優しく解説してくれます。これを読めば、芸術の世界がぐっと身近に感じられるはず。

第9回

“一色に塗っただけでもアートですか?”


Frank Stella: The-Marriage-of-Reason-and-Squalor-II 1959

1950年代、たいへん影響力のあった美術評論家クレメンテ・グリーンバーグは、有名な「モダニスト・ペインティング」というベストセラーになった著作で、「形を描くことを極限まで無くし、絵が絵で無くなる瀬戸際、つまり絵がモノになってしまうぎりぎりまで切り詰めること」がモダニズムの絵画の成果であると書きました。

この言葉を真に受けると、一筆一色でも絵画になり得ると取れます。実際、グリーンバーグ自身、ほかのところで「何も描かれていないキャンバスという平面ほど美しいものはない」とも言っています。

それに影響を受けたのがフランク・ステラ、エルスワース・ケリーなどの、一色だけを使った60年代初頭のカラーフィールドの画家たちで、同様にカール・アンドレ、ドナルド・ジャッドらのミニマル・アートの活動もそれに続きました。

グリーンバーグでもう1つ取り上げておかなければならないのは、「抽象表現主義」「アクション・ペインティング」を称揚したもう1人の有力な美術評論家ハロルド・ローゼンバーグとの論争です。このローゼンバーグの支持を受けて、デ・クーニング、ジャスパー・ジョーンズ、ラウシェンバーグといった画家たちが、名声を得ただけでなく商業的にも大成功しました。

これに対抗して、アメリカン・アートに相応しくないとローゼンバーグ陣営に反旗を翻したのがグリーンバーグ一派だったのです。新しいアート運動を立ち上げる動機の裏には、「あいつらだけ儲けやがって」というやっかみもあったようです。

グリーンバーグの影響を深く受け、一色で描かれた絵で最も話題になったのは、ステラのブラック・ペインティングシリーズ(1959)です。興味深いことに、グリーンバーグは、これらの作品を大して評価しなかったようです。グリーンバーグにインタビューしたティエリー・ド・デューブによると、絵画の質が「Goodと言えるまでに至っていなかったから」と語ったそうです。実はグリーンバーグは新カント派の美学者で、伝統的直感的美的判断からは抜け切っていなかったのです。よってステラたちはグリーンバーグを誤解していたともいえます。これは20年代にフロイトの精神分析理論を誤解したアンドレ・ブルトンがシュールレアリスム運動を起こしたのと似ています。

19世紀に、有名な「絵画とは色模様のついた平面である」という言葉とともに絵画の平面化を推し進めていったモーリス・ドニをはじめ、アポリネール、ブルトンといった人たちは、自身がアーティストや詩人でありましたが、アメリカ現代美術の世界では、美術評論という言論がアート制作に影響力を持つようになりました。これがアメリカ現代美術の特徴で、「アメリカン・スタイル」のアートを理解する上で重要なポイントだと思います。今回の質問「一色でもアートですか」は、現代美術つまりアメリカ戦後美術の本質を突いた質問なのです。

このアメリカン・スタイルのアートが確立した要因が3つ挙げられます。1つ目は上で述べた美術評論家が力を持ったこと。2つ目に全米で巨大美術館建設ラッシュが起こったこと。そして3つ目が、CIAを中心とするアメリカ美術世界戦略です。

ストライプで有名なフランスの画家ダニエル・ビュランは、「戦後、アメリカの各州は収蔵品も大してないのに美術館を建設しました。しかもこれら美術館はアメリカン・アートを高揚しようとしたので、アメリカのアーティストは、巨大な空間にふさわしい巨大なアートの供給を行わねばならなかった」と言っています。巨大なキャンバスを一色で埋めつくすのは実に効率が良かったし、また大きな空間では詳細を書き込むよりは、絵画全体の、ものとしての力をどーんと表に出す方が良かったのです。

そして、アメリカの諜報機関CIAは、自由文化会議という機関を通じて、冷戦時代、ハリウッド映画を活用して、アメリカという国の宣伝も行っていました。アメリカン・スタイルのアートもその一環だったのです。アメリカン・アートの作品群は、アメリカを含めた西側諸国が、自由な表現と知的成果を追求していることをデモンストレーションする役割を果たしました。一色だけの絵は世界を席巻したのです。

私個人としては、ケリーはアメリカン・アートのロックスターとでも形容できるくらいかっこよかった。彼の場合、ジャクソン・ボロックのように早死にしてカラーフィールド・ペインティングの殿堂にでも祭り上げられるタイプの画家だと思っていたのですが、2000年に高松宮殿下記念世界文化賞というものを受賞し、現在も92歳で健在のようです。

■イベントのお知らせ■
光と音のパフォーマンス

RHYTHMIC SPACES by the BCD COLLECTIVE
Eiichi Tosaki: Bimanual Coordination Drawing
Steve Stelios Adam: Visualisations and Orchestration
Takashi Takiguchi: Dancer
■日時:11月5日(木)7:30PM〜
■場所:BAR OUSSOU(メルボルン)
■住所:633 Sydney Rd., Brunswick 
■Tel: (03)9384-3040
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Email: advert@nichigo.com.au

<著者プロフィル>
登崎榮一(Ph.D)◎メルボルン大学美術史/哲学学部博士課程修了、モナーシュ大学 アート&デザイン学部博士課程所属。現在は、メルボルン大学哲学科名誉フェローまたアーティストとして活躍するほか、ディーキン・RMIT大学(藝術の哲学)でも講師を務める。Web: bimanualdrawing.wordpress.com

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