【現代アート塾】「現代アート」と「伝統的なアート」との違いって何ですか?

現代アート塾

関心はあるものの、実はまったく理解できない! いったいどこから勉強していいのか分からない! そんな読者の心の声に答えるべく登場したこのコラム。奥深い現代アートの世界に対する素朴な疑問に、著者がずばり回答。優しく解説してくれます。これを読めば、芸術の世界がぐっと身近に感じられるはず。

第11回

“「現代アート」と「伝統的なアート」との違いって何ですか?”

BCD Calligraphy 8_4R+6_10R
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[編集部注:一般的に「伝統的なアート」とは、19世紀よりも前の、例えば宗教画や肖像画などのように、さまざまな約束事、美の価値基準に従って作られたアートの事を指す場合が多い。いわばその約束事、美の価値基準が「伝統」というわけである。]

伝統的なアートと現代アートの違いというと、「伝統(convention)」があるかないかによって区別されそうですが、そこには無理があります。いったい、「伝統」がないアートに鑑賞の手がかりがあるのか、ということが理由です。たとえ現代アートであっても、「伝統」という鑑賞者が共有する読解のコード無しに、作品を芸術として鑑賞可能か、という問題があります。「伝統」とはいったい何でしょうか?ドイツの哲学者ハーバーマスは言っています。「近代というプロジェクトによって我々は伝統を無くしてしまった」と。また、彼の「モダニティ:未完のプロジェクト」という有名な論文があります。彼の論点はポスト・モダニズムを否定し、モダニズムという近代芸術運動はまだ終わっていないというところにあります。「ポスト」すなわち「終焉の後に来る」という意味のポスト・モダニズムはないということです。ハーバーマスのこうした主張を言い換えるならば、モダニズムによってかつての「伝統」は白紙となり、その状態が今もなお続いているということです。

モダニズムという芸術の革新運動は19世紀の初期にさかのぼります。画家マネが保守的サロンの画家たちに対して近代的平面の意識を持って挑戦したことをはじめとして、モネの印象派からセザンヌの後期印象派まで、絵画平面に関する空間意識の革新を進めてきました。これは後のピカソ、ブラックのキュービズム運動に結びついていきます。こうした運動は従来の「伝統」を解体していったわけですが、それでも、絵画が額縁の中に収まった平面空間という西洋絵画の「伝統」は共通していました。

しかし抽象画、特にモンドリアンは、画面を額縁という「絵画というものを規定していた枠」から開放し、室内空間つまり生活空間に解き放ちます。額縁に収まった平面空間という共通認識、すなわち「伝統」の基盤が一挙に危うくなり、芸術と日常(デザイン)との差異が曖昧になりました。

しかしいくら額縁がなくなっても、美術館や画廊という展示空間、「美術」や「美術史」といった連綿と続く共通認識(すなわち「伝統」)は続いていました。次の段階は、「美術史」や「美術という制度」自体の枠組みの批判をし、美術館以外の空間でのアートという活動を模索することです。ここに「現代アート」というカテゴリーが誕生します。デュシャンたちの活動がこれに当たります。彼の「レディメイド」や彼の後に続くコンセプチュアル・アートはアーティストが自分の手で作ることを止め、ハプニングやイベントといった演劇的活動が導入されるに至って、画廊空間をはみ出る契機が出てきました。

では「伝統」は無くなったのでしょうか?彼らの活動も、結局は「美術史」「美術館」という怪物のような制度に取り込まれてしまいます。コンセプチュアル・アートも、美術館という制度に依拠して初めてアート足り得るものです。美術館という文脈以外(ノン・サイト)のアート活動を模索したロバート・スミッソンというアメリカのランド・アーティストも、現在では容易くアメリカン・アートというカテゴリーで美術史に取り込まれ、現代美術の重要な研究対象になっています。

コンテンポラリー(現代)が、戦後アメリカ・モダニズムの台頭以降というのが定説の1つですが、ハーバーマスが言うように、モダニズムを未完のプロジェクトととらえると、アメリカ現代アートは「後期」モダニズム・アートとも言うことができます。前述のように、コンテンポラリー・アートとは、美術史という「伝統」からはみ出す美術活動です。しかし、その活動はやがて新しい「伝統」を作り、そして美術史という怪物に飲み込まれてしまうのです。

このように、「伝統」とは、旧来の枠組みが解体されながら、一方で同時に新しく創られていくものとも言えます。冒頭で述べたように、読解のコード(伝統)無しには、作品を芸術として鑑賞することは不可能です。ただそれは、モダニズム以前にあったような、社会が規定する、固定化された一定の美の価値基準ではないのです。

言い換えるならば、今は、鑑賞者それぞれが「伝統」を探し、芸術鑑賞の糸口を見付けねばならない時代なのです。そしてまさに「伝統」の糸口を鑑賞者自身が見付けねばならない芸術が「現代美術」というものではないでしょうか?それは鑑賞者の積極的な参加を求めるものであり、創造的な営為であるともいえます。

今グラフィティ(落書き)アートが日常都市空間をにぎわしています。グラフィティ・アーティストは最初美術館という制度外でのサイト・スペシフィックな活動でしたが、バンクシーやヘリングは現代美術というくくりで、美術館に展示されるようになっています。彼らグラフィティ・アーティストは彼ら自身で「新しい伝統」を創り出したとも言えるのではないでしょうか。

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<著者プロフィル>
登崎榮一(Ph.D)◎メルボルン大学美術史/哲学学部博士課程修了、モナーシュ大学 アート&デザイン学部博士課程所属。現在は、メルボルン大学哲学科名誉フェローまたアーティストとして活躍するほか、ディーキン・RMIT大学(藝術の哲学)でも講師を務める。Web: bimanualdrawing.wordpress.com

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