【現代アート】物を包んだらアートなんですか?

現代アート塾

関心はあるものの、実はまったく理解できない! いったいどこから勉強していいのか分からない! そんな読者の心の声に答えるべく登場したこのコラム。奥深い現代アートの世界に対する素朴な疑問に、著者がずばり回答。優しく解説してくれます。これを読めば、芸術の世界がぐっと身近に感じられるはず。

第12回

“物を包んだらアートなんですか?”

Christo and Jeanne-Claude: Wrapped Reichstag 1995
Christo and Jeanne-Claude: Wrapped Reichstag 1995

「梱包アート」をグーグルで検索すると、「アート引越センター」関連がたくさん出てきます。

それはともかく、普通、梱包といえば、郵送したりするために一時的に持ち運びしやすくする、贈り物をするために品物を包む、といった行為が含まれます。日本の優秀なパッケージ・デザインは世界的にも有名です。梱包は日本のお家芸とも言えるかもしれません。例えば風呂敷というのはラッピング、かつ、かばんの代わりもします。

日本には、アートとして梱包を早くから手がけた現代美術家がいました。赤瀬川原平氏です。小説家として尾辻克彦という名前で芥川賞も受賞していますので、なじみの方も多いと思います。

氏の、千円札をコピーした紙でスーツ・ケースを梱包したもの(1963年)は物議を醸しました。「千円札裁判」として有名です。赤瀬川は結局裁判で「懲役3カ月、執行猶予1年、原銅版没収」の有罪になりました。

その裁判で、当時前衛パフォーマンスで有名だったハイ・レッド・センターの高松次郎や中西夏之(ハイ・レッド・センターはハイ(高松)・レッド(赤瀬川)・センター(中西)の名を組み合わせたもの)が、赤瀬川の作品が前衛美術であるということを証明(紹介)するために、自作や他人の作品を持ち込み、裁判所を前衛美術で埋め尽くしました。これは、前衛美術で裁判所を「梱包」したと考えていいかもしれません。

ところで、考えてみれば、絵画だって絵の具の層に覆われた表面に過ぎません。絵の具をラッピング・ペーパーに置き換えてみれば、ラッピング・アートも絵画の延長と考えられなくもありません。

さて、普通贈り物は、もちろん送り主には中身が分かっています。受け取った側が、ラッピングを破って中身を見る楽しみがあるのは、中身が隠されているからです。反対に、ラッピング・アートは隠されているものがあらかじめ分かっています。ではどこにスリルと楽しみがあるのでしょう?

ブルガリア生まれのクリスト(1935〜)は、前述の赤瀬川に先んじ、1958年から日常品(家具)を包むラッピング・アートを始めています。そして1962年頃から伴侶のジャン・クロードとコラボで大規模なラッピングを手掛けるようになりました。1969年のオーストラリア・シドニーの海岸Little Bayでのラッピング(Wrapped Coast)は衝撃的でした。全長2.5キロ、高さ25メートルの海岸を、1,700時間もの実質労働時間をかけて、100人のボランティアを使い、布で覆い尽くしました。これがクリストの最初の大規模なラッピングとなりました。

しかし、クリストはラッピング・アーティストと呼ばれることに抵抗があるようです。そこには彼の東ヨーロッパの出自が関わっているように思われます。東方キリスト教会並びにマルクス共産主義の教育をしっかりと受けている彼は、最初から社会派芸術を目指していたのです。

キリストの遺骸を包み込んだ『聖骸布』(Holy Shroud)は、キリストの顔が白い布に写っていることで知られています。この文脈では、包むという行為は神聖なもの、という意識がキリスト教社会にはあります。

また、社会派という面から見れば、彼にとっては大きなプロジェクトを実現するプロセスそのものが大事なのです。最初不可能と思われるようなプロジェクトも、その地域の人々を説得しつつ、協力者を募り、地域の人々と一体になることで完成します。準備に何年もかけ、おびただしい人員を動員し、完成した作品は短期間(だいたい1週間以内)で撤去されます。

彼は外的なプレッシャー、特にキャピタリズムの金銭的プレッシャーを受けたくないために、どんな大規模なプロジェクトでも自費で賄っています。例えば大規模プロジェクトのドローイングやリトグラフを、画廊を通じて売ることで資金調達に成功しています。

クリストの記念碑的なプロジェクトに、2週間でおびただしい数のボランティアを動員し500万人が訪れた、ライヒ・スターク(ドイツ旧国会議事堂)のラッピング(1995)があります。ドイツ人にとって東西ドイツ統一の精神とも言える記念碑的な建物を覆い尽くしたため、物議を醸しました。しかし、そういった歴史的建造物を覆うことによって、全く違った文脈に記念碑的建造物を置き直し、またその建物になじんだ民衆が別の距離感を持つことで、新たにその建造物を捉え直すきっかけになったのです。

そこに、中身は分かっているのにラッピングによって革新的意味が与えられるアートとしての意義があるのではないでしょうか。

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<著者プロフィル>
登崎榮一(Ph.D)◎メルボルン大学美術史/哲学学部博士課程修了、モナーシュ大学 アート&デザイン学部博士課程所属。現在は、メルボルン大学哲学科名誉フェローまたアーティストとして活躍するほか、ディーキン・RMIT大学(藝術の哲学)でも講師を務める。Web: bimanualdrawing.wordpress.com

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