【現代アート】現代アートの価値はどのように決まりますか?

現代アート塾

関心はあるものの、実はまったく理解できない! いったいどこから勉強していいのか分からない! そんな読者の心の声に答えるべく登場したこのコラム。奥深い現代アートの世界に対する素朴な疑問に、著者がずばり回答。優しく解説してくれます。これを読めば、芸術の世界がぐっと身近に感じられるはず。

第23回 “現代アートの価値はどのように決まりますか?”

Damian Hirst, “Mother and Child (Divided)” 1993, Tate Gallery
Damian Hirst, “Mother and Child (Divided)” 1993, Tate Gallery

まず価値には「絶対的」な価値と「相対的」な価値があります。前者は内的論理・嗜好に従った、個人の判断基準に基づく価値。後者は、他者の使用的価値、労働に対する対価を含む価値で、金額で計るのが一般的な価値です。ご質問の価値は後者、つまり商業美術や画廊・美術館の文脈で認められた金銭的価値のことでしょう。確かに、とんでもない高価な値を付ける現代アートの作品がどのような課程で価値判断されているのか、不思議ではあります。

最近の10年位の現象ですが、現代美術と言われるジャンルの作品が高価に取引されています。例えば村上隆のアニメのキャラクターのようなフィギュア『マイ・ロンサム・カウボーイ』が約17億円、マーク・ロスコの色だけの抽象画『オレンジ・レッド・イエロー』が約97億円で落札されました。では、この価格はどのようにして決まるのでしょうか。

伝統的に、美術作品の価値は、商品価値一般の他に、作家の著名度、美術史上の重要性、所有者や収蔵施設そのものの重要性、そして、美術批評家や学芸員の批評などの文献で取り上げられる重要性、受賞歴、契約する画廊名、展覧会の質と回数といった要素により決まります。従来ザザビーやクリスティーといった大手美術オークションは、主に上記の価値基準に従い作品の値段を打ち出してきました。

戦後は、ターナー賞を始め現代美術に与えられる賞を受賞した「YBA」と言われるイギリス系の作家たちが有名です。他に、ビエンナーレなど国際展に出品(招待)される、現代美術上重要なアート関係誌で取り上げられることなが価値基準として加わってきました。

しかし、現在の現代美術市場は異常と言える様相を呈しています。高額な現代美術の取引では、美術品としての伝統的価値は影を潜め、高額の価格そのものが価値になり、より高額の取り引きがされるようになってきている感があります。このコラムに何度も登場している、現代美術の祖とも言われるマルセル・デュシャンが、美術作品は札束であると揶揄したことがありますが、作品そのものが天文学的な金額の額面を持った札束になりつつあります。そこにはもはや、「美」といった作品独自の価値基準は通用しません。

それは、世界で取引される金額が兆単位の天文学的な数字になってきているということも理由の1つだと考えられます。つまり、流動資金が大きすぎて投資先に困っているということです。この政情不安定な世界で、優良な国債に変わる投資先が、しかも銀行に手軽に保管して置けるようなものが求められているのです。つまり超高価な現代アート作品は超高額な額面をもった紙幣なのです。

日本でその高額紙幣を体現した日本の現代作家である、村上隆氏が『芸術企業家論』で現代美術市場の内状を彼なりに分析し、市場で売れる対策、つまりアートを札束に変えるトリックを解説しています。彼は、現代アーティストたるもの、プレゼンテーション能力やマーケット感覚が必須であり、以下の3つの質問に対する回答をマーケットが期待していると言います。それは「新しいゲームの提案があるか」「欧米美術史の新解釈があるか」「確信犯的ルール破りはあるか」です。それぞれの項目の説明は紙面が許しませんが、まるでアップルの故スティーブ・ジョブズ氏の如きプレゼン能力と商品開発が求められているようです。つまり現代美術はビジネスなのだから、そのルールを身に着けることが必須、と彼は言いたいのです。

これからはインターネットなど、イメージのみが流通することが多くなり、個物としての作品を所有するという活動が少なくなると考えられます。音楽業界では既にこの現象は起こっていて、CDに代表される個物は商品価値をどんどん失い、音楽家たちが実際のコンサートを開き興行収入によって大金を叩き出す方向にシフトしてきています。アートはまだそこまでたどり着いていませんが、流通紙幣がネット上でのみ存在するビット・コインに置き換わってきているように、実際の物理的な個物としての作品は、デジタル上でしか存在しない作品に変わっていくかもしれません。先述の村上隆氏も、画廊を通した伝統的なアートの販売にとどまらず、大規模な企画展そのものを、石油マネーや国際展の資金を使って催し収入を得ています。つまり大規模な企画展がプレゼンの機会であり、そこで売られる作品は、超高価なミュージアム・グッズのようなものなのです。

しかし、一般の我々は大資本家ではありません。元来美術品というのは生活に密着した物、つまり先述した個人による内的論理・嗜好に従った価値に基づいた物で、知り合いの作家さんや画廊で見た気に入った作品を購入することで良いはず。現代アート作品は、もはや額縁の中に収まっておらず、商品としての価値基準は曖昧で、鑑賞者の介在が大きいのです。その意味で、購入者自身が「参加」することも大事です。こういう材料の使い方があったのか、自分もこれだったら作れそう、といったDIYの精神で購入されたり、鑑賞されたりすればより現代美術を楽しめると思います。

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<著者プロフィル>
登崎榮一(Ph.D)
◎メルボルン大学哲学/美術史並びにモナーシュ大学 アート&デザインでPhDを取得。現在は、アーティストとして活躍するほか、ディーキン大学でも講師を務める。
Web: bimanualdrawing.wordpress.com

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