第97回 流鏑馬

© All rights reserved to RENCLUB
© All rights reserved to RENCLUB

第97回 流鏑馬

ご機嫌いかがですか、れんです。

普段私たちが使っている日本語は漢字とカタカナ、そしてひらがなの3種類で表記されます。画数が多くて直線的でゴツゴツ感をまとう漢字、角々しているけれど構成する線の数は少なくて空気の通りのいいカタカナ、やわらかく丸みを帯びてフワッとした感じもプルンとした感じも持ったひらがな。日本語はその性格の全く違う3種類を、法則もなく無秩序に混ぜ込んで文を紡いでいくわけです。真剣に考えたことがなかったかもしれませんが、それを紙の上で美しく書き表して見せようなんて、そもそもかなり厄介で大変な作業なのです。

ポイントはやっぱり「和」。日本文化にはあらゆる場面でこの「和」が登場しますが、日本語表記に美しさを求めるならこの「漢カひ」3つを「調和」させることが最も重要なのです(ちなみに「日展(日本美術展覧会)」の書部門では漢字仮名まじりの作品のことを「調和体」と呼ぶ)。ではどうやって「調和」させていくのか?

それは教室にいらしていただいた時にお話しするとして、とにかくこの作業の質を上げるべく、ハイレベルなセンスと技術力を養う努力が日々必要なわけです。

さて静岡県富士市の富士山本宮浅間大社では、毎年5月5日に「流鏑馬(やぶさめ)祭」が開催されます。流鏑馬とは走る馬上から的に向かって鏑矢(かぶらや)を射る日本の伝統的な騎射神事です。

浅間大社は、第7代孝霊天皇の時の富士山大噴火で周辺が荒廃したのを、第11代垂仁天皇が浅間大神(木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと))を山足の地に祀って山霊を鎮めたのが起源という、長い歴史を持つ神社です。

その社格を物語るように、歩んだ歴史にビッグ・ネームが登場します。日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征の際に窮地を救ったり、山宮から現在の大宮の地に遷座させたのが平城天皇の勅命を受けた坂上田村麻呂だったり。

源頼朝、北条義時、武田信玄・勝頼、また徳川家康などからもたくさんの寄進を受けました。中でも1193年に頼朝が奉納した流鏑馬が現在の流鏑馬祭の始まりだそうです。

流鏑馬は鎌倉時代から武家の儀式として盛んに行われるようになりました。祭当日は地元保存会による「浅間大社流流鏑馬式」と小笠原流「神事流鏑馬式」の2つが行われますが、小笠原家は代々弓馬術礼法である「糾法(きゅうほう)」を伝える家柄で、初代長清が頼朝、二代長経が実朝の師範でした。現在も宗家(第31代)を中心に継承普及に尽力されているようです。

高校時代に私もほんの少し弓道部に参加していた時期があって、その難しさの片鱗は知っていますが、走っている馬上からの射矢なんて、見た目より何倍も大変だと思います。衣装もカッコいいし、一度生で見てみたいです。

それでは作品を。漢字仮名まじりにしたかったのですが、そうもいかずに行書の「流鏑馬」です。さんずいの行書は3画きちんと各々を独立させて打つ場合と、うち2画をくっつける場合(1画目が独立する場合と3画目が独立する場合があります)、それにこの左のように3画とも繋げてしまう3つのパターンがあります。これは流の最後の3画にも言えますね。鏑の金へん、現在は点々が下部にありますが、左のように上部に打っても大丈夫です(元々は上下両方にありました)。馬の最後の4つの点画は1本にしてしまえます。知識はあればあるだけ文字構成の選択肢が増えるので、攻めの作品作りに大いに活用可能です。


著者プロフィル

れん(書家/アーティスト)
アーティストとして永住権取得。2010年、作品「ふるさと」が日本の国有財産として在豪日本国大使館に収蔵される。Government Houseでの企画展など日・豪・ドバイで作品展示多数。在豪日本国大使館、在オークランド日本国総領事館の招聘によるイベント参加やNSW州立美術館ほか各地で大書パフォーマンスやワークショップを展開。ハリウッド映画『The Wolverine』の製作に書家として参加。書団れん倶楽部主宰。チャツウッドで書道教室運営(月〜土)。写経クラス開設。RENCLUB Lineスタンプ販売中。
Web: nagominoma.com/renclub
Email: renclub@gmail.com
動画: youtube.com/user/renclub

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る