第101回 牛突き

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第101回 牛突き

ご機嫌いかがですか、れんです。

現在チャッツウッドにあるコンコースのアート・スペースにて、れん倶楽部会員による書作展が開催されています(9月5日まで)。今年も毛筆と硬筆(ペン字)共にバラエティーに富んだ作品群となりました。会員の皆さん本人が飾っておきたいと思える文言を選び、強い思いで何度も何度も挑戦し、反故作品を積み上げた頂上の1作です。

ある期間に集中して1作を突き詰める、つまり言霊を練り上げてその質を高めようとする行為は技術や審美眼の向上に非常に有効です。実際1つ作り上げた皆さんは自信もついて、見違えるように頼もしく成長しています。そんな素晴らしい作品群をどうかぜひ観にいらしてください。

さて毎年9月1日には、島根県は隠岐島の佐山牛突き場にて「八朔牛突き大会」が開催されます。

島根県は日本地図上で見ると、広島県の上にどさっと乗っかる形で横たわっており、上面は全部日本海に面しています。そしてそこに369もの島(外周100メートル以上)が浮かんでいるのです。その中に竹島(島根県に属するが現在は韓国が実行支配中)があり、隠岐諸島があります。隠岐諸島は島後水道を境に地図上向かって左の島前(とうぜん)と右側の島後(とうご)に分けられます。島前は知夫里島(ちぶりじま)、中ノ島、西ノ島の「島前三島」。島後は島後島一島。佐山牛突き場は島後にあります。

「牛突き」という言葉でスペインの闘牛をイメージましたが、それが牛と闘牛士による競技であるのに対して「牛突き」は牛同士。犬同士の戦いである「闘犬」のようなものでした。

隠岐島の「牛突き」の起源は鎌倉時代にまでさかのぼります。1221年、幕府討伐に挙兵した後鳥羽上皇の兵がまさかの敗戦。これは朝廷の院宣(いんぜん)(上皇の命令文書)に逆らう反乱軍(鎌倉幕府執権は北条義時)が軍事行動で朝廷を負かした日本史上初の大事件でした(承久の乱)。この結果幕府が朝廷に対して優勢となり、順徳上皇は佐渡島、土御門上皇は土佐、そして後鳥羽上皇は隠岐に配流されるのです。その後鳥羽上皇をお慰めするために島で行われた牛突きが始まりとされています。

少し話がそれますが、この乱後処理は当時の世界史ではあり得ないことです。下位者が上位者に勝利したのだから、他国なら当然「革命」として新王が誕生しているはずです。しかし幕府は武力で朝廷を凌駕したにも関わらず、それを滅ぼそうとしませんでした。ここが日本人の面白いところです。

話を戻します。この隠岐の大会は柵で囲った輪の内側で鼻綱を操る「綱取り」と牛が呼吸を合わせて相手と闘うところが特徴です。突き牛は2~6歳の雄の和牛で、横綱クラスは体重が1トンを超える見事な大牛。彼らは畜産牛とは別に飼育され、毎日トレーニングで体を鍛えています。試合は逃げたほうの負けで決着しますが、大関戦までは全て引き分けに。勝敗を決する横綱戦では取り組みが数十分にも及ぶことがあり、牛の体からは湯気が立ち上り、観客は手に汗握るんだそうです。

それでは左の作品の説明を。「牛突」ですが「牛」を篆書体(てんしょたい)にしました。牛の頭部からできた漢字のようです。左右に立派な角を蓄えていますが、角はやっぱり大きいほうが格好いいですね。「突」は行意を込めました。この字の部首は「宀(うかんむり)」ではなく「穴(あなかんむり)」です。威厳のある牛同士の決闘なので、線に太細を混ぜて鋭さに骨太の強さを作りました。太さを強調するときは細さに配慮が必要です。何事も万事その辺が肝になりますね。


著者プロフィル

れん(書家/アーティスト)
アーティストとして永住権取得。2010年、作品「ふるさと」が日本の国有財産として在豪日本国大使館に収蔵される。Government Houseでの企画展など日・豪・ドバイで作品展示多数。在豪日本国大使館、在オークランド日本国総領事館の招聘によるイベント参加やNSW州立美術館ほか各地で大書パフォーマンスやワークショップを展開。ハリウッド映画『The Wolverine』の製作に書家として参加。書団れん倶楽部主宰。チャツウッドで書道教室運営(月〜土)。写経クラス開設。RENCLUB Lineスタンプ販売中。
Web: nagominoma.com/renclub
Email: renclub@gmail.com
動画: youtube.com/user/renclub

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