小説「豪リークス」第5話ートリウムと蝶

[小説:豪リークス]

第5話

トリウムと蝶

連載 文・飯島浩樹

<前回までのあらすじ>
シドニー在住の撮影コーディネーター田島俊彦は、ブルー・マウンテンズ国立公園内の一角に古代の姿そのままで自生するといわれる未発見の「ジュラシック・ツリー」を探す仕事を依頼される。東京から来たディレクターの須藤と流暢な日本語を話すオーストラリア人ジョー(JJ)とともに、伝説の木の場所を聞くために先住民アボリジニのデービッドに会いに行くが、即座に協力を断られる。ジョーが何とか説得を試みる間、家の外で待っていた田島と須藤に、デービッドの息子ダニエルが林の中で拾ったという奇妙な日本語が書かれた神社のお守りのようなものを見せた。
ニュース/コミュニティー
核燃料となる粉末状のトリウム。豪州はトリウムの埋蔵量世界1 位(Photo: Hiroki Iijima)

「何とか話がついたべ」 アボリジニの友人デービッドのユーカリの林に囲まれた1軒家から外に出てきたジョーが、軒下のデッキ・チェアに座り待っていた田島と須藤に告げた。

「デービッドは一緒には行けないが、”ジュラシック・ツリー“のありそうなだいたいの場所を教えてくれたサ。その辺りにはアボリジニのセイクレッド・プレイスがあって、彼も部族の長老に連れられて行ったことがあるそうだけど、それらしい木には気が付かなかったと言ってたべ」

「じゃあ、デービッドも聖地にある”伝説の木“のことは知らないってこと?」

ディレクターの須藤がデッキ・チェアから立ち上がり、ジョーに聞いた。

「長老も”伝説の木“が今でもどこかに生えているという話は聞いたことはあるが、実際に見たことがないそうだべ。あと、周りにあるアボリジニの遺跡とかには絶対に近づかないでくれって念を押されたサ」

車に乗り込む田島たちを見送りにデービッドの妻リンジーと息子のダニエル、犬のカーターも家から出て来たが、デービッドは結局顔を見せなかった。

「ほんと強情なんだから、根はいい人なんだけど…」

リンジーは申し訳なさそうな顔をして言った。

「バーイ!」

ダニエルは、ユーカリの林で拾った、細かい線で描かれた蝶の図柄の上に「浄魂」と漢字で書かれた神社のお守りのようなものをポケットから出し、それを持ちながら小さな手を振った。

 
                 ◇

ジョーの運転する4WDは、両脇を背の高いユーカリの木とシダ植物が覆う砂利道をしばらく走り、少し視界が開けたところに砂ぼこりを立てて停車した。無秩序な雑草が生い茂り、微かだが人間が引いたと分かる道の手前には、薄茶色の枯れ草がまとわりついた錆付いた鎖と錠がかけられた、金網のゲートのようなものがあった。それほど高さのないその金網のフェンスは、左右数メートルほどで無造作に途切れていた。

「ここは昔、レアアースの採掘予定地だったところだべ。国立公園の周辺が世界遺産に指定されたのと、ここで採れるモナズ石などのレアアースの中にトリウムが多く含まれていたのがよくなくて、計画はストップ。結局こんな”イミフメイ“のゲートだけが残っているのサ」。錆びた鎖にからみついた枯れ草をつまみながらジョーが言った。

「トリウムって原発の燃料にもなる放射性物質ですよね?」

田島が、金網のゲートの向こうをのぞきながら尋ねた。

「そう。ウランと同じで原子力発電の燃料となり得るトリウムは、埋蔵量も多いし、核兵器に転用されやすいプルトニウムをほとんど発生させないクリーンで安全な核燃料だと一時は言われていたんだよね。だけど核兵器に転用できないのなら意味ないって、どこの国もトリウム原発の開発を真剣に取り組まなくなってしまったんだ」

持っていた小型のビデオ・カメラで周りを撮影しながら須藤が答えた。

「使い道のないトリウムは、放射線ばっかり出すやっかいなゴミみたいなもんだから、世界の”おカネもち“には魅力がないシロモノなんだべサ」

「須藤さん、いろいろ詳しいんですね… 」。田島が撮影を続ける須藤を見て言った。

「いやあ、原発事故後、福島に何度も取材に行ったんで、放射性物質についてはいろいろ調べたんですよ。今では僕もちょっとした”お茶の水博士“だね」

「核兵器にはならなくても、トリウムはレイディオ・アクティブだから、須藤さん、近づき過ぎたらやっぱりヒバクするべよ」

「ははは。JJ 、あんまり脅かすなよ。こっちは、昔お偉い学者先生が決めた年間被曝許容量をもうとっくに超えちゃってるんだから」

須藤が大げさに肩をすくめながら言った。

「冗談はジューバコの隅に置いといて…。さあ、ここからは少し歩くことになるべ」

ジョーはそう言うと、車の荷台からそれほど大きくない荷物を降ろし始めた。

「その慣用句、ちょっと違くないか? まっいいや。トシさんは、このカメラを使ってもらえるかな」

須藤が濃紺のカメラ・バッグから取り出したのは、小型の業務用ビデオ・カメラだった。

「このサイズで、ビデオ・テープに収録するタイプのカメラは持っていますが、これはその後継機ですよね」

「うん。ご存知の通り、今では報道の撮影現場でもビデオ・テープはほとんど使われなくなっていて、このカメラでも市販のメモリー・カードに映像を収録できるんだ。もちろんバックアップ・システムも取り付けてあるけどね」

「車はここに置いて、悪天候になったりしたら戻ってくるけど、たぶん今夜はキャンプだべ」。上背はあまりないが、がっちりした体格のジョーは、キャンプ用品が詰まった大きめのリュックをヒョイっと背中に担ぎ、リュックにスッポリ入る小型の三脚を田島に渡すと、さっさと草むらを分け入り、金網のフェンスが途切れているところからレアアース採掘予定地だったという方向に向かって歩き出した。田島と須藤もその後に続いた。

 
                 ◇

クカカカカ… 。まるで大きな笑い声のように聞こえるオーストラリア特有の鳥ワライカワセミの、けたましい鳴き声が森に響いた。まだ日没まで時間があったが、辺りが少し薄暗くなってきた。

「夕方でもないのにクカバラが鳴き始めたべ。こりゃあひと雨くるべかナ」

西の空には和紙に滲んだ灰色の水彩絵の具のような雲が広がり、遠雷の音がゆっくりとフェードインするように聞こえてきた。

「おっ! ちょうどいい具合にあそこに洞穴があるべ。ちょっとアボリジニの”セイチ“みたいだけど、エマージェンシーだ。入らせてもらうべ」

ジョーはそう言うと、赤茶色の縞模様の大きな岩の下に大きな口を開くようにできた洞穴の中に入っていった。

ゴロゴロゴロ…。雷鳴とともに空に閃光が走ると、ほどなくして大粒の雨が降り出した。

洞穴の中は薄暗かったが、寒くはなく居心地は良かった。

「やっぱり”セイチ“だったべか…」 しまったというような顔をしてジョーが持っていたトーチで洞穴の壁を照らすと、そこには先住民アボリジニが描いたと思われる洞窟壁画が描かれていた。

「あっこれは!」

田島と須藤がほとんど同時に声を上げた。

トーチで照らされた壁には、かなり色あせてはいたものの、人間の手のひらの形やカンガルーのような動物の絵が見てとれた。そしてそれらの隣に、何本もの細かい曲線で表現された蝶のような虫が何匹か描かれていた。それはデービッドの息子ダニエルが拾った神社のお守りのようなものに描かれていた図柄とそっくりだった。

「これは、アボリジニの部族に伝わる”伝説の蝶“の絵だ。蝶は死と復活のシンボルだべサ」

「死、復活、浄魂…」

田島と須藤は思わずお互いの顔を見合わせた…。(つづく)


飯島浩樹(いいじまひろき)
日本の民放局でニュース番組のディレクターなどを経て来豪。現在、TBSのシドニー通信員として多くのニュース・レポートを日本に送っている。

 

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