その3 黄色いビキニの中年金髪女性

タコ社長の英語習得悪戦身に付かず

タコ社長の英語習得悪戦身に付かず
その3
黄色いビキニの中年金髪女性


タコ社長プロフィル
1952年 世田谷の貧しい警察官住宅で出生
1964年 練馬区健康優良児予選落ち。体力より知力で及ばず
1985年6月 移住目指してオーストラリア入り。ダーウィンでトップレスの女性と浜で立ち話をして感激
1987年 日本語教師としてオーストラリアで初めての仕事に就く
1990年 オランダ系の連れ合いと入魂になり、すったもんだの日々が始まる
1996年 メルボルンの258 Little Bourke St.,に、某MTSC留学センターを立ち上げる
タコ社長ブログ:plaza.rakuten.co.jp/takoshacho


「ワラー ? 」。少なくとも私にはそう聞こえた。反射的に「イエス」と言った。東京は練馬の自宅から自転車で30分くらいの所にあった米軍の住宅地「グラント・ハイツ」での出来事だった。私は小学校4年のころから、見た目も違うし言葉も通じない人々がいる世界に強烈にひかれていた。勝手に入ってはいけないこの「外国」で自転車を乗り回し、ずっと奥まで入り込んでいた。甘ったるい匂いの空気に誘われて、いつまでも自転車をこいでいた。
 真夏の暑さで疲れを感じ、木陰で休むことにした。少しすると、どこからともなく黄色の派手なビキニの中年金髪女性が近づいて来て私に声をかけてきた。既にそのころから物欲しそうな顔作りになっていたのだろうか。何もかもが大きいこの女性は、体を揺らしながら家に入り、ものすごく大きなコップに水を入れて持ってきてくれた。「水」のことを「ワラー」というんだとヘレン・ケラー的体験をさせてもらった瞬間だった。生温かい水を無理して飲み干した。その間、ビキニの女性は体が触れるほどの距離のところでじっと立って待っていたので、目のやり場がなかったが「サンキュー」といって頭を下げコップを返した。彼女がスケールの大きな後ろ姿を見せながら遠ざかると、私は急いで自転車に乗ってその場を立ち去った。
 この時「ワラー」以外にももっとたくさん英語を覚えたいと思った。話ができたら「お返しにマッサージ」なんてことはないかもしれないが、生まれ故郷の話で盛り上がったりして面白いんじゃないかと思った。このころの英語に対する興味が、その後の私の行く末に大きく影響したといえなくもない。
 英語教師が皆、金髪でビキニである必要はないが、異文化に触れる時の刺激が強ければ強いほど、語学学習で良い結果が生まれるのかもしれない。ということでKeep smiling !

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