第8回 アテネよさらば、西へ西へと地中海

地球はやっぱり青かった!

絵本作家・森本順子氏がPEACEBOATで巡った世界1周の船旅の記録
文・イラスト・題字=森本順子

第8回 アテネよさらば、西へ西へと地中海

大型の野良犬が所嫌わずに道端や、時には店内にさえドテッと横たわるのを、追っぱらいもしない市民の何という鷹揚さ。踏まれ踏まれて滑らかな大理石の石段を、延々と上り詰めた果て、空の蒼にそそり立つ巨大な神殿。その足元に何と鎮座まします白猫1匹。何処より来たり何処へ去る ?
 そのパルテノン神殿をはじめとした豪壮絢爛たる数々の遺跡や個性あふれるアテネの街々は、容易に語り尽せるものではない。先へ進もう。
ぐるり巡って遠く輝く水平線を限りとした、広大な水盤のド真ん中を、悠々自適、我がモナ・リザ号は、地中海の青に豪勢な白い裳裾を長々と引いて、ひたすら西に向かって進んでいる。次の寄港地マルタに着くまでの間、我らを乗せた船のことなどにチラッと触れておこう。
 赤い煙突にモナ・リザを忠実に描いた2万8,500トン、白亜のモナ・リザ号は、おん歳42歳の貴婦人。近来、主として地中海や北洋で洋上大学や研修などに使用されている、現役船である。私は過去、超豪華客船などに乗ったことがないから比べ様もないゆえ、何もかもが新鮮で興味深々。高級な木材を駆使した、匠の技ならではの品の良いクラシックな船内のデザイン…。重々しい色調の木製の壁面やドアなどへの張り紙は、一切お断り。丸型のステージを囲む回転ソファ400席余りのラウンジ、いくつものフリー・スペース、ワイドス・クリーンを備えたシアター、各種のバーや日本の居酒屋まである。
 船の先端にある展望ラウンジ、王室図書館を思わせるライブラリー、床の間付きの和室は青畳、ふすま、障子。両サイドに段差のある、その名も豪華なコーラル・レストラン、2人用のテーブルから14、5人用の丸テーブルまで、ことごとく真っ白いテーブル・クロスにナプキン。ここも勿論、木をふんだんに使って磨き上げたゴージャスな雰囲気。
 時々開かれるフォーマル・ディナーのメニューに、和食の粋が尽くされることがある。腕利きの日本人シェフがいるおかげらしい。デザートに抹茶やあずきのアイスクリームというのも嬉しい。
 メニューといえば、朝と昼はビュッフェ式で和洋ともに用意され、ご飯やおかゆに梅干、納豆、たくあん、味噌汁、肉じゃが、ふりかけまであるのはことのほか嬉しい。デッキ・レベルでもセルフサービス式の食事ができるし、アフタヌーン・ティーにはユニークなクッキーやケーキも出て、海景を眺めつつ歓談は尽きない。

地球はやっぱり青かった!

最高級キャビンの船客から4人部屋の若い連中に至るまでキャビンの差を除いて、すべて平等な扱いなのは一種の驚きでもある。
 キャビン番号の奇数と偶数の2度に分けて、時差入場するレストラン。夕食時には帽子、Tシャツ、半パン、ゴムゾウリは禁止である。エントランスの外に置かれた、ガラス・ケースに今宵のメニューの実物が飾られている。時間通りにドアが開かれると、中に制服姿のウエーターやウエートレスが「コバンワー」などと北欧訛りの日本語で迎えてくれ、テーブルへ案内し、椅子を引き、膝の上にナプキンを広げてくれる。
 どの席になるのか、アチラ任せが習わしだから、慣れないうちは抵抗もあった。だが、平素出会わなかった人たちとの会話がやがて始まると、雰囲気も和らいでくる。かくて顔見知りも増えるというものだ。
 だが然し、気になることがある。ウエーターたちのサービスに、かなりの人たち、中でも年輩のおじさんたちが「サンキュー」も「プリーズ」も言わないのである。したがってお茶を注文するにも「ジャパニーズtea !」「コーヒー !」などと、言いっぱなし。その上給仕されても「サンキュー」が出ない。あれほど世界中、海外旅行をする日本人なのになぜ ? おじさんたちが照れくさいのは判らないでもないが、もっと素直に口に出したら如何なものか。陰でウエーターたちからヒンシュクをかっているのではと案じられて仕方がない。
 とある日、階段のポールに次のように書かれたポスターがぶら下がった。曰く「サンキューやプリーズ言わぬ野蛮人 !」。どなたの仕業か知らないが、おお、よくやったとひそかに拍手を送った。


PROFILE もりもとじゅんこ◎
1932年3月31日生まれ、広島市出身。シドニー在住。45年8月6日13歳の時、広島市で被爆。82年50歳でオーストラリアへ移住。著者自らの被爆体験を描いた英語版絵本「My Hiroshima」ほか、日本民話の英語版絵本「鶴の恩返し(The White Crane)」「一寸法師(The Inch Boy)」「わらしべ長者(A peace of straw)」「なめとこ山の熊(Kojurou and The Bears)」「仁王とどっこい(The Tow Bullies)」など著書多数。84年から4年連続で豪州児童図書評議会賞を全国3位、2位、2位、1位受賞。97年と98年にNSW州児童文学賞およびオーストラリア児童図書評議会賞1位を受賞。

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