第9回 航海中の悩み

地球はやっぱり青かった!

絵本作家・森本順子氏がPEACEBOATで巡った世界1周の船旅の記録
文・イラスト・題字=森本順子

第9回 航海中の悩み

地中海中央に浮かぶマルタもパレルモ(伊)もそして、バルセロナ(スペイン)も、日本に遅れること8時間の時差。船内から日本へ電話しようにもこの時差が邪魔をする。さらにはその電話代の高いこと ! 申込みの段階からもう秒読みが始まる。リーンリーンという呼び出しベルの間も、相手が不在で応答がなくても、ちゃーんと加算されていく。「こりゃカナワンワー」とfaxにしたらどうか。レセプションに申し込むのだが、A4・1ページが1,000円なり ! それでも、すぐに届けば文句は言わぬが、航行中だと通信衛星との位置関係もあるとかで、時には次の寄港地まで送信されないこともある。受信も同様。キャンベラの姉が送信してくれたfaxを1週間後に受け取ったこともある。
 さて、通貨はギリシャから、スキッとしたデザインのユーロに変わった。米ドルやリラなどは、換金せずにそのまま使えることもあるが、つり銭はすべて現地通貨。各寄港地で使い切れず溜まってしまった、主にじゃらじゃら硬貨の各国のつり銭は、船に持ち帰り指定のBOXに放り込むと、後に必要とされる施設などに寄付される由。しかし、あれほど強いと言われる日本円は、ほとんどの国で通用しなかった。
東西に広がる地中海のほぼ中央、淡路島ぐらいの面積、人口40万そこそこの小さな島国マルタは、中世に迷い込んだかのような見事な世界遺産を多くもつEU加盟国。その首都バレッタから北上すること一夜で、イタリアは長靴の先、シシリー島のエメラルドの海を抱え込むように白砂のビーチに臨む街パレルモに。これらあまりにも美しい両所が、日帰りのツアーとは無念も甚だしい。
 しかしワガママは許されない。順番で「おりづるプロジェクト」の代表になった班の人々は、現地それぞれの平和団体との証言、交流に大いに努力し、観光どころではないのだ。広島・長崎の被爆者から初めて直接聞く証言は、参加した多くの市民に強い印象を残すことができた。これこそが、Peaceboatに参加した大目的なのだから。

地球はやっぱり青かった!

案じていたそのPeaceboatの日本帰着予定が、年明けの1月13日と発表された。予想はしていたが、ついに年を越すのか ! クリスマス、大晦日、元旦を船上で迎えるんだって…。この先まずは経験できそうもない珍しい体験になるかもと、皆さん内心悲喜交々。私といえば、ひと足お先にシドニーで下船するのだが、当初の予定は12月4日だったそれが約ひと月遅れの12月30日の晦日。途端に留守番している息子と病気の老猫センタロウの溜め息が聞こえたような気がした。
 この航海日程の延長で最も問題になったのが、持病のある人々、特に高齢の被爆者たち(中には癌治療中の人もあり)が常時服用している重要な薬が不足することであった。ほとんどが処方箋を要するものだし、第一、日本から各自の家族らが船宛てに薬品類を送ること自体、検疫そのほかの問題で非現実的である。結局、留守家族が主治医に交渉し、患者用に作ってもらった処方箋を東京の船会社(ジャパン・グレース)に送り、それを元に船会社が薬を買い集め、まとめて社員が船の寄港先まで飛行機で届けに来ることが約束された。無論代金は当事者払いである(かくてようやく薬が届いたのは、なんと当初の帰国予定日の12月18日。タヒチ島でであった。おかげで、かつかつオクスリは間にあったのである。幸いなるかな…)。
モナ・リザ号は予定通り、生真面目に穏やかに地中海を西に向かって航行している。乗り捨てたクリッパー・パシフィック号のようにどこかに故障が見つかれば、未練の残るマルタに繋がれ、中世そのままの石造りの街並みを馬車でゆっくり巡ったりできたろうに、などと勝手な注文頻り。かつてシェークスピアが褒め称えたというバレッタの港マンシュロック、ライト・アップされた世界遺産の長大な砦や城郭の姿が見えなくなるまで、8階デッキに立ち尽くし名残を惜しんだ。
 まあよいか。2日もすれば、スペインのバルセロナだ。あの天才的建築家ガウディのサグラダ・ファミリアなる大聖堂を仰ぎ見ることができるのだから。


PROFILE もりもとじゅんこ◎
1932年3月31日生まれ、広島市出身。シドニー在住。45年8月6日13歳の時、広島市で被爆。82年50歳でオーストラリアへ移住。著者自らの被爆体験を描いた英語版絵本「My Hiroshima」ほか、日本民話の英語版絵本「鶴の恩返し(The White Crane)」「一寸法師(The Inch Boy)」「わらしべ長者(A peace of straw)」「なめとこ山の熊(Kojurou and The Bears)」「仁王とどっこい(The Tow Bullies)」など著書多数。84年から4年連続で豪州児童図書評議会賞を全国3位、2位、2位、1位受賞。97年と98年にNSW州児童文学賞およびオーストラリア児童図書評議会賞1位を受賞。

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る