第10回 地球1周、やっと三分の一の航海

地球はやっぱり青かった!

絵本作家・森本順子氏がPEACEBOATで巡った世界1周の船旅の記録
文・イラスト・題字=森本順子

第10回 地球1周、やっと三分の一の航海

スペインはバルセロナ。大聖堂サグラダ・ファミリアの前、というより麓に立った。見上げに見上げてのけぞって仰ぎ見れば、複雑を極める偉大かつ巨大なる芸術の、天を指してそそり立つ尖塔の束に、押しひしがれる思いであった。
 天才的建築家ガウディにより127年も前に始まったこの大工事、今やっと5割あまりに達しただけとか。完成までにあと何年 ? と問われて、あと200年はかかろうという説を満更否定しがたい理由の1つに、これは国家事業などでは決してなくて、なんと人々による浄財をもとにしている由。「信仰」がもたらす、そのエネルギーの深淵さに思いが及ぶ時、畏怖のようなものを感じずにはいられなかった。
 余計なことながら、昔、宗教を基軸にする学校に私は6年間学んだ。しかし素直に「信仰」を受け入れないまま終わった。もし、あの強烈な体験がなかったならば…。原爆のもたらした惨禍の中を彷徨いながら見た、まさに神も仏もない地獄の様は、消し去ることのできない心のしこりとして残った。
「戦争」という人為の禍根を神による試練として素直に受け容れ難いのである。以来、宗教というものにドライな姿勢しか持てないでいる。「我らはいずこより来たのか ? 我らは何ものか ? そして我らはいずこへ行くのか ?」。信仰厚かったかのゴーギャンが残したこの言葉の重さを、胸中に抱え続けて久しい。

地球はやっぱり青かった!
鐘楼群は112メートル、ドームは170メートルの高さ。聖堂はなおも建設中

船上に招いたバルセロナのメディアへの「おりづるプロジェクト」による証言と記者会見後、訪れたバルセロナ市庁舎の会議場。これまた世界遺産並みの荘厳な建造物、昔は蝋燭だったであろう灯りを模したたくさんのシャンデリアの下がる重々しい雰囲気のホールで、被爆者たちによる証言や市との交流が荘重に行われた。
 それに続くレセプションに招かれ移動した広い隣室に、1歩入ってまたまたびっくり。なんと、高い天井いっぱい、そして壁のほとんどを占めて描かれたゴヤのあの独特の絵が、覆いかぶさるように、我々を取り囲んで迎えてくれたのである。知られる通り、ベラスケス、ダリ、そしてピカソなど、世界に誇る多数の画家を排出しているスペインなればこその主張とでも言おうか。上下左右眺めまくるに忙しくて、せっかく供された珍しい茶菓の味については残念ながら、全く思い出せないでいる。
 石畳の広場の一角を占めて、高々と立つのはもちろんコロンブス像。右手でしっかり指差す先は、南西遥か大西洋の彼方。「イヨー ! クニが見える !」とコロンブスが日本語で叫んだとも思えぬが、新大陸発見の西暦1492年をそうして覚えた子ども時代が懐かしい。
モナ・リサ号はバルセロナ港をその日の夜半にはもう離岸した。
 2009年11月12日午後1時半、船は東経0度を超えた ! 横浜を出てから、地球を約3分の1西に向かって逆行したことになる。同時にイギリスのグリニッジを通る本初子午線を超えたただ今から西経の領分、0度をスタートしたわけである。
 キャビンのテレビに常時映っている地球ナビで見るモナ・リサ号は刻々ジブラルタル海峡に向かって進んでいる。これまで、このように地球サイズで旅の途上の己の位置など、考えてみた経験はほとんどない。一夜で、地球の裏側まで移動してしまう空路の旅と異なり、輝き、翳り、荒れ狂い、居眠りしているようにべた凪ぐ、さまざまな青い海の連なりを渡りに渡って2カ月余り、やっとここまでやって来た。何やら感慨深いものがあるではないか。
 憧れの地中海も終わりに近い。船内で開かれたいろいろな勉強の1つに、「憲法九条」の歌のレッスンが始まった。曲はよく知られているベートーベンの例の第九の合唱曲のさわりの部分を借りている。なぜ今、この歌なのか ?
 次の寄港地は大西洋に浮かぶスペイン領はカナリア諸島のラスパルマス。驚いたことに、そこの一地方都市テルデは不戦を誓い、NATO加盟に反対、不戦を謳う日本の「憲法九条の碑」を建てているのだ。それも「ヒロシマ・ナガサキ広場」に。
 間もなく訪問する被爆者たちがここで歌うための練習をする。及ばずながら私も参加することにした。


PROFILE もりもとじゅんこ◎
1932年3月31日生まれ、広島市出身。シドニー在住。45年8月6日13歳の時、広島市で被爆。82年50歳でオーストラリアへ移住。著者自らの被爆体験を描いた英語版絵本「My Hiroshima」ほか、日本民話の英語版絵本「鶴の恩返し(The White Crane)」「一寸法師(The Inch Boy)」「わらしべ長者(A peace of straw)」「なめとこ山の熊(Kojurou and The Bears)」「仁王とどっこい(The Tow Bullies)」など著書多数。84年から4年連続で豪州児童図書評議会賞を全国3位、2位、2位、1位受賞。97年と98年にNSW州児童文学賞およびオーストラリア児童図書評議会賞1位を受賞。

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