第13回 スラム重なりて天に至り、水位異なりて運河を生ず

地球はやっぱり青かった!

絵本作家・森本順子氏がPEACEBOATで巡った世界1周の船旅の記録
文・イラスト・題字=森本順子

第13回 スラム重なりて天に至り、
           水位異なりて運河を生ず

それはベネズエラでのこと。港町ラグアイラから約20キロ、首都カラカスへの移動に、市から提供された13人乗り用の白いジープ数台。乗り込んでそのお粗末さにまず唖然。硬い椅子には肘掛けも、前の椅子の背につかまり棒もない。シートベルトは ? あるはずもない。覚悟を決めてどうにか居を定めて見回せば、運転台は客席と完全に仕切られ、中央にくり抜いた丸い覗き穴の鉄格子越しに、通訳が顔を見せて連絡ごとをのたまう。我らは囚われの身の如き図式である。
 いよいよ出発。手動式の大きなスライド・ドアがどうにも閉まり切らぬ。その上、ボディとは10センチぐらいも隙間が空いている。運転手は手なれたしぐさで太いロープをドアの取っ手にくくり付け、片端は運転室に引っ張り入れて、例の覗き窓の格子にしっかりとくくり付けた。どうやらいつものことらしい。車はやがて町を離れ、くねくね曲がる山道に入った。

地球はやっぱり青かった!

 
離合もままならぬほどの狭い道に、ガードレールは途切れ途切れの有様。穴ぼこだらけの舗装。右手は緩い傾斜の谷を挟んで続く潅木に覆われた山並み。ふとそれが切れた時、一瞬、目を疑った。あれは何だ ? レンガ色の小さなマッチ箱みたいなのが隙間なくべったりと山肌に貼りつき、重なりに重なって山のテッペンに至っている。どうやらそれは、人間の住処らしい。小さい黒い穴は窓か。屋根らしきものは見えぬ。あんな傾斜地に肩を寄せ合い、重なり合ってよく建てたものだ。
 まさか、公営住宅などではあるまい。並みの社会から見放され、隠れの里に吹き寄せられた果てのスラムか。そこに暮らす人々に、福祉、医療、教育、そして稼ぎなどのバックアップは行き届いているのか。下水は ? 電気は ? 道は ? レンガ色の鱗に覆い尽くされた大蛇の如き山の連なりが見えつ隠れつ、蜿蜒と続くその異様な風景にベネズエラの恥部を覗いてしまったように思った。
 打って変わって、高層ビル街に入る。カラカス市の立派なオペラ・ハウスにおいて、複数の被爆証言や国中から馳せ参じた23に上る市長たちによる「世界平和市長会議」「ヒロシマ、ナガサキ議定書」への署名など数々の重々しい平和式典に続き、両国のプロによる交流コンサートが盛大に行われ、天井桟敷に至るまで埋め尽くした両国の老若男女が、心を1つにしてのエキサイトぶりは誠に壮観、感動的であった。
 轟く音響の中で、ふと思った。この幸せそうな人々の中にあのスラムから参加できた人が1人でもいるのだろうかと。
11月29日早朝、大西洋側の終点とも言えるパナマ共和国のクリストバル港に到着した。赤道まで僅かだが、ここはまだ北半球の11月末、定まらない天気のせいもあって結構肌寒い。ご存知、大西洋と太平洋の間、南北アメリカ大陸を繋ぐ最も狭い(といっても約80キロもある ! )パナマ地峡に作られた世界に誇る大運河。6カ所の閘門により、海抜26メートルのガツン湖を中心に、船舶を上がり下がりさせて航行させるパナマ運河。閘門内は船が離合できるように複線になっている。1914年の開通以来、88万隻もの船舶が通過。アメリカが1999年、ようやくパナマ共和国に権利を完全に返却。現在は2014年の完成を目指して拡張工事中だ。ここでも日本の技術力が買われ、閘門内の船舶を牽引する重要な役目の電気機関車はすべて日本製である。
 ちなみに、通行料金は船舶と積載物の総重量1トンにつき、1ドル39セント。700名に近いお客を乗せ、10時間余りかけて80キロを通過した2万8,000トンのわがモナ・リサ号は、差し向き3万9,200ドル以上支払ったのでは ? かのスエズ運河に続き、パナマ運河をも船で渡るという、私にとっては空前絶後の体験を得た。その詳細と感動を記したいのは山々だが、もはや紙面が尽きた。またの機会としよう。


PROFILE もりもとじゅんこ◎
1932年3月31日生まれ、広島市出身。シドニー在住。45年8月6日13歳の時、広島市で被爆。82年50歳でオーストラリアへ移住。著者自らの被爆体験を描いた英語版絵本「My Hiroshima」ほか、日本民話の英語版絵本「鶴の恩返し(The White Crane)」「一寸法師(The Inch Boy)」「わらしべ長者(A peace of straw)」「なめとこ山の熊(Kojurou and The Bears)」「仁王とどっこい(The Tow Bullies)」など著書多数。84年から4年連続で豪州児童図書評議会賞を全国3位、2位、2位、1位受賞。97年と98年にNSW州児童文学賞およびオーストラリア児童図書評議会賞1位を受賞。

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