第14回 南米ペルーにて。あれは地下街ではありませんが…

地球はやっぱり青かった!

絵本作家・森本順子氏がPEACEBOATで巡った世界1周の船旅の記録
文・イラスト・題字=森本順子

第14回 南米ペルーにて。
       あれは地下街ではありませんが…

ここ南半球、ペルーのリマは只今正午。ちなみに日本は明日の午前2時なんだって ! へーなぜ明日なの ? まあそれは今は措くとして…。
南米大陸を大きく占めていた、インカ帝国の個性豊かな古代文明や貴重な歴史の地が、例のコロンブスの出現でスペインによる植民地に。その後、19世紀末にようやく独立をしたがなお、幾多の戦争や軍事クーデターなどを経て「ペルー革命」を推進(その間、日系大統領だったフジモリ氏の存在は、人々のよく知るところ)。しかし、依然として人種対立や差別、貧富の格差など、問題は山積しているらしい。
 ピジャ・エルサルバドル市役所による歓迎セレモニー、被爆者証言、市長の世界平和市長会議への加入署名、夕食会、文化交流会、日系移民資料館見学などなど、ペルー初日は「おりづるプロジェクト」のスケジュール満杯の多忙な1日となった。
さて2日目、リマ市内観光に参加したのだが(一般の乗船客の多くは、羨ましくも世界遺産のマチュピチュへ外泊型のツアーに出かけて行った)、コースの最後の辺りで見たものを特記しておきたい。
 それは、ヨーロッパ風のゴシック式建築を誇る大聖堂の奥まった礼拝堂でのこと。美々しくモザイクを施された床の下にそれはあった。蟻の巣のように掘られて蜿蜒と広がる洞窟。いわゆる古代の地下墓所「カタコムベ(catacombe)」である。
 意を決して暗く狭い石段を下りる。ひやーとしてよどんだ重い空気。やっと1人が歩ける幅の洞窟は、私でさえ頭がつかえそうなほど天井が低く、壁も足元さえも鑿の跡を残すごつごつの岩肌。所々にしかない、昔は蝋燭だったであろう小さい裸電球のわずかな灯りを頼りに、人の後ろにつながって手さぐりで進むその先に待っていたもの。

地球はやっぱり青かった!
ペルーの首都・リマにある観光名所、古代の地下墓所「カタコムベ」(写真=内藤達郎)

 ちょうど棺桶サイズに掘られた長方形の穴に、泥のついたままのような茶色っぽい、それもなぜか大腿骨らしき人骨ばかりが詰め込まれたものが、列をなして並んでいるではないか。白骨ならまだしも、何とも生々しい。くねくね道が曲がるたびに、同じ光景が続く。一方通行ゆえ、後戻りはできぬ。さりとて立ち止まって観察する心のゆとりもない。と、「わー ! コワーイ ! 」。先を行く女性の叫び声。よしときゃいいのに、なおも奥へと手すりを頼りにゆるい坂を登った。
 なんと直径2?3メートルはありそうな、丸い大きな井戸らしきものが掘られている。覗き込むや、一瞬、息が詰まった。シャレコーベの大群が、ぎっしり、円形に整列し、それぞれの黒い眼窩が私をじっと見上げているのだ ! 背筋が凍った。
 よく考えれば、それらは望んでそこに葬られたのだから、怨念などあろうはずもないが、深さ15メートルの底に至るまで、あの者たちは、重なり重なって数百年を土にも返らず、この世に在り続けていると思うと、何やらおどろおどろしいものが、底から湧き上がって来そうで、慌てて退散した。
なべて、植民地にされた国々には、きまってキリスト教が送り込まれ、民心の支えとしたのは世界の通例である。貧困に苦しむ先住民たちは別として、支配階級や金持ちたちはその財力をもとに大聖堂の地下に己の墓所を得たという。
 果たしてあのシャレコーベ群の主や、大腿骨の主たちは、素晴らしい天国暮らしを今もエンジョイしているのであろうか。そして、己の残したモノがいまだ土にも返らず、今や観光資源の1つとして、地下街よろしく、人々の目に晒されているのを、どのような思いで天国から眺めているのであろうか。
 その夜遅く、出航するモナ・リサ号の窓から港の夜景に名残を惜しみ、あの強烈な印象を残したカタコンべに別れを告げながら、ふと心をかすめたのは、広島に原爆が投下された時、非業の最期を遂げた人々の多くが、その名も語れず、知られることもなく、校庭の片隅で次々焼かれていった凄惨な光景であった。やがてその人々は広島の土となったのであろうか。13歳の私が見た、被爆のこの1つの現実もまた、決して忘れることはない。忘れてはならない。被爆65周年の8月6日が過ぎた。


PROFILE もりもとじゅんこ
◎1932年3月31日生まれ、広島市出身。シドニー在住。45年8月6日13歳の時、広島市で被爆。82年50歳でオーストラリアへ移住。著者自らの被爆体験を描いた英語版絵本「My Hiroshima」ほか、日本民話の英語版絵本「鶴の恩返し(The White Crane)」「一寸法師(The Inch Boy)」「わらしべ長者(A peace of straw)」「なめとこ山の熊(Kojurou and The Bears)」「仁王とどっこい(The Tow Bullies)」など著書多数。84年から4年連続で豪州児童図書評議会賞を全国3位、2位、2位、1位受賞。97年と98年にNSW州児童文学賞およびオーストラリア児童図書評議会賞1位を受賞。

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