第10回 太田英昭さん(31歳)

がんばるワーホリ・メーカーに直撃インタビュー
前向きっ!ワーホリング
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 オーストラリアでがんばるワーキング・ホリデー・メーカーにインタビューし、ワーホリの魅力やナマの姿を伝えるコーナー、第10回はバリスタの勉強をしにメルボルンへやって来た太田英昭さんに、ワーホリ生活と長年持ち続けてきた夢について話を聞いた。
第10回 太田英昭さん(31歳)
2月に帰国◆日本食レストラン・ウエイター
マイペースに時間をかけて夢を追う


店を出す前に海外を見ておきたかった
 「海に近い街に、レストランを持ちたい」。6~7年前、大学生のころから太田さんが持ち続けてきた夢だ。店で出すのはイタリアン。コーヒーとおいしいスイーツももちろん用意する。テーブルや椅子などの家具にもこだわって、トータルで雰囲気のいい店にしたいと思っている。
 オーストラリアにやって来たのは「店を出す前に、1度海外を見ておきたかった」から。海外にしばらく住んでインテリアのヒントを得たり、バリスタのテクニックを学びたいと思った。お金を節約するため、手軽なワーホリ制度がいいと考えた。コーヒーの本場イタリアに行きたかったが、あいにく同地にワーホリ制度はない。その代わり、イタリアの影響を受けたコーヒー文化が盛んなオーストラリアを選んだ。
高校中退、マイペースな人生
 太田さんはおしゃべりなタイプではない。ただ、こちらが聞くことにはきちんと答えてくれる。淡々としたマイペースな雰囲気を持つ人だ。そしてその印象からはちょっと想像できない、少し変わった経歴の持ち主でもある。
 16歳の時、突然高校を中退した。友人もいたし、登校拒否になったわけではない。理由は「学校での勉強がつまらなくなった」から。当然周囲は驚いたが、本人は特に落ち込まなかった。病院の事務員の仕事に就き、仕事をしながら通信制で高校を卒業した。大学に行こうと思ったが通信制では学力が足りなかったため予備校に1年通った。仕事の見つけやすい工学部機械科に入学。卒業後は車の部品のエンジニアとして、大企業に就職した。
 安定した横文字の職業だ。憧れる人も多いはずの仕事を、太田さんは「店を出す資金を貯めるための就職だった」ときっぱり言う。先述したように大学時代から「自分の店を持ちたい」という夢があった。それは就職しても、決して色あせなかった。お金がある程度貯まりワーホリに行こうと決めた年、あっさりと大企業での職を辞した。
実現は10年後
 昨年4月、シドニー入り。同地の学校でバリスタの勉強をした。その後NSW州の田舎町にあるアジアン・レストランで住み込みのウエイター体験。3カ月後、バリスタの仕事をするためメルボルンに来た。条件に合う仕事が見つからず最終的にはフィッツロイにオープンした日本食レストランでウエイターをした。開店直後の店でのバイト経験が、後に店をオープンする時に役に立つかもしれないと考えた。
 シドニー、メルボルンではたくさんのカフェを回った。一番良かった店はノース・メルボルンの「オークション・ルーム」。ゆったりして落ち着いた店内、コーヒーのおいしい店だった。メルボルンは街全体を包むアートやデザインの雰囲気が気に入った。アンティーク・ショップにも足繁く通って、将来店で使いたい小物も買い込んだ。
 そしてこの2月、「やろうと思っていたことはほぼできた」と太田さんは日本へ帰国した。帰国後の予定は決定ずみだ。まずどこかのレストランの厨房で働き、2年後に調理師免許を取る。それから再びシェフとしての経験を積み、レストランをオープンさせるのは10年後。「この計画は失敗させたくない」。太田さんは1歩1歩、じっくり時間をかけて夢を追いかけている。2020年ごろ、出身の長崎に近いどこかの海辺街に小さいこだわりのイタリアン・レストラン&カフェを見つけたら、それはきっと太田さんの店だ。

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