第11回 横井宏和さん(30歳) 坂柳有美さん(27歳)

がんばるワーホリ・メーカーに直撃インタビュー
前向きっ!ワーホリング
NA0905_WAHO_L3.jpg

  
オーストラリアで頑張るワーキング・ホリデー・メーカーたちにインタビューし、ワーホリの魅力や生の姿を伝えるこのコーナー。第9回はアフリカの民俗楽器ジャンベでバスキング(ストリート・パフォーマンス)を続けるカップルの心温まるワーホリ生活を聞かせてもらった。
第11回 横井宏和さん(30歳) 坂柳有美さん(27歳)
ワーホリ6カ月目 ハネムーナー

私たち「ワーキング・ハネムーン」なんです



海外挙式+ワーホリ
 1人より2人――。そんな語り尽くされた愛の言葉をワーホリで体現するカップルがいる。優しくて有言実行型の夫・宏和さんと、しっかり者で好奇心旺盛な妻・有美さんは付き合って5年半のほのぼのカップル。「挙式以外のことはノー・プランです」と宏和さんが照れ笑いを浮かべるその隣で、微笑む有美さんは本当に幸せそうだ。
「毎日のように『早く結婚したいね』『いつ結婚しようか』と言ってきたから、プロポーズの言葉はありません。(付き合ってから)5年半もかかっちゃいましたけど」と宏和さんは、顔をしわくちゃにして笑った。
 日本では財布などのレザー・クラフトを製作したり、Tシャツのプリントをデザインするなどして生計を立てていた宏和さんは、輸入雑貨などを扱っていたが、海外に行ったことはなかった。ある日、ワーホリから一時帰国していた友人・キヨくんから話を聞いている時にひらめいた。海外で挙式、それにワーホリを利用して海外体験をするというのはどうか。
「じゃあ、いつ行く?」。有美さんは二つ返事で頷いた。
 ただ、問題は仕事の引き際である。「彼の商品を待っているお客さんもいるので、1年前から計画しました」(有美さん)。「両親にも、お客さんにも、ショップの人たちにもきちんと挨拶して、パワーアップして帰ってくるねと伝えたら、『待ってるよ』と優しく送り出してくれました」(宏和さん)。渡豪のことを知ると翌年分までTシャツを買い溜めしてくれる客もいたほど、周囲の温かさに包まれて2人は日本を後にした。2人で行く最初の海外。そして人生1度きりの挙式を迎えるために。
 
手作りの結婚式
 豪州に戻っていた友人のキヨくんは2人が豪州に到着した当時、パースにいた。2人に渡豪のきっかけを作ったという責任感から、ケアンズまで車を飛ばし、宿泊施設の予約、市内の案内などをしてくれた。2人の人柄が友を呼ぶ、そんなワーホリ生活を予感させる最初のエピソードだ。長いハネムーンの始まりだった。
 宿泊施設で2人は早速友を呼ぶ。「バッパー(バックパッカーズ)でドイツ人の親友ができました」(有美さん)。「オカシな日本人夫婦と思われたんでしょうね。いろんな人が声をかけてくれます」(宏和さん)。
 結婚式のこと以外ノー・プランだった2人。しかし、不安はなかった。「何をやっていいか分からないけど、何もしなくても楽しいんです」(宏和さん)。
 目的のないまま旅行を続けていくうち、ブリスベンにたどり着いた。そこでジャンベと“再会”する。日本にいた時から2人が共通の趣味とする打楽器だ。
 ある日、市内で出会った日本人の友達が「ジャンベをしたい」と言い出したのだから話は早い。早速ジャンベを買い、公園などで練習を始めた。演奏をしていると、今度は宏和さんのアルバイト仲間が「ジャンベを教えて」と言い出した。そして、人数が増えると、今度は通りすがりのオージーまでもが「俺も仲間に入れてくれ」と言い出した。その太鼓の音色に寄せられた友達の輪が広がって、週2、3回のペースで演奏するようになった。
「英語はあまり話せないけど、こいつ(ジャンベ)が話してくれるんです」(宏和さん)
 いろいろな国の仲間と過ごすワーホリらしい日々。だが、肝心の結婚式の計画が進まない。
 話を日本に戻そう。渡豪を決めてから、有美さんはある大きな課題を自分に課していた。それはウエディング・ドレスを自分で作るということ。「100均(100円均一ショップ)でカーテン生地や、レース、ビーズを買い集めて縫い合わせて、友達と共同で作りました。全部で2万円もかかってないかも(笑)」(有美さん)という手作りのドレスだった。
 ようやく挙式の日取りが決まったのは年が明けてからだった。2月20日、ブリスベンで最も歴史のある教会、アルベルト・チャーチには平日にもかかわらず、友人30人を含む大勢の人が祝福に駆けつけた。その中にはデニムにバックパックといういでたちの人も。ケアンズで出会ったドイツ人の友達やジャンベ仲間らオーストラリアで出会った人たちだった。
「海外挙式といえば、2人だけで挙げるものだと思っていました」と宏和さんが言う通り、通常の海外挙式で現地の人が訪れることはまずない。ワーホリだからこそできた多国籍な結婚式だった。
「こいつが一緒だったから。随分助けてもらいました」と宏和さんはジャンベを愛しそうに撫でた。
バスキングの旅が始まる
 そんな思い出深いブリスベンでの結婚式から1週間後、2人は早くもシドニーにいた。
「このまま1年間過ごせちゃうくらい居心地が良くて、満足してしまったんです」(宏和さん)。「友人、仕事、生活すべての環境が整いすぎたので、新しい旅をしなきゃって」(有美さん)。
 ジャンベを片手に訪れたシドニーで2人はまた友を呼ぶ。「到着したその日に、ジャンベで世界中をバスキングしているサダくんという日本人に出会ったんです。これって運命を感じますよね」(有美さん)
 サダくんは、まだ街中で演奏したことのなかった夫婦に「2人ならできる」とアドバイスした。筋金入りのバスカーからの助言に、2人はバスキングを始めることにした。
「すると、彼は持ち曲(リズム)が1つだけだったのが、5つにも増えたんです」(有美さん)
 2人は現在、バックパッカーズで泊り込みの仕事をしながらバスキングをしている。宿泊代は無料、バスキングでは日に70~80ドルを稼ぐ。加えてアルバイトもしているので生活はさほど困らない。そんな奇異な新婚生活を2人は心から楽しんでいる。
「いつもニコニコしてくれる嫁さんなんで、どこにいてもこの人となら大丈夫だなって。以前よりも2人じゃないとって思うようになりました」(宏和さん)
「仕事から帰ってきたら、(私が)ご飯作って待っていてくれるって喜んでくれてます」(有美さん)。
「こりゃもう離れられんなぁ、みたいな(笑)」(宏和さん)
2人の旅はまだまだ続く

NA0905_WAHO_L2.jpg
バスキングを始めた2人

 そして、驚かされたのは、これだけ豪州生活を満喫する2人が言ったこの言葉だ。「こっちに来て、日本がすごく好きになりました」。
「こっちの友達もすごくいい人たちばかり。けど、日本の友達の素晴らしさを再認識できました。見送ってくれた人や結婚式に来てくれた人、私たちは本当に恵まれているなと思います。帰ってからも地元に住みたいです」(有美さん)と言って、空港まで見送りに来た友達の写真を見せてくれた。笑顔で手を振る何人もの姿がズラリと並んでいる。
 2人は今もプランなく豪州に滞在している。一見、無謀でいい加減に見えるこの旅行も、この夫婦なら不思議と安心できてしまうのは、流れに逆らわず、流されず、流れに乗っているからだ。
 現実に返すようだが、帰国後には未曾有の不況に蝕まれた世界が待っている。それでも有美さんはさらりと言い放つ。「ご飯が食べられれば、それでいいです」。それに夫が続いた。「(この旅のように)人に求められるがままに動いて暮らす、それでいいんだと思います」
 2人の話には常に“良き友”が登場する。それは、2人の人柄が呼んだ友たちだ。そんな温かい人たちに支えられ、周囲のために生きる2人に“プラン”は必要ないだろう。旅においても、これからの結婚生活においても――。

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る