【シアター通信】オーストラリア・バレエ団“20:21”

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バレエからオペラやミュージカルまで、オーストラリアで上演された話題のパフォーマンミング・アートをご紹介。

オーストラリア・バレエ団“20:21”

取材・文=岸夕夏


“Filigree and shadow” より

時代で異なる研ぎ澄まされた緊張感

オーストラリアバレエ団の“20:21”と題したプログラムは20世紀後半から現在までに制作された3つの現代作品の構成で、8月末に幕開けしたメルボルンでの初日公演を観た。

最初の演目は、1972年にニューヨークで初演されたジョージ・バランシンの“3楽章の交響曲”だった。バレエ・ファンやダンサーに20世紀を代表する振付家を1人挙げよと言えば、ジョージ・バランシンと答える人は多いだろう。ロシアからアメリカに移住し、1983年に没するまで振付けた作品は実に425作に及ぶ。音楽はロシア人作曲家の巨匠、ストラビンスキー。バランシンとストラビンスキーは強い友情で結ばれていた。

幕が開いて最初に登場したのは、ともにプリンシパル・ダンサーの近藤亜香とチェンウ・グオだった。近藤はピンク色のレオタードで、チェンウは身体にピタリとした白いシャツと黒のタイツに身を包み、「バレエ・レッスン」のようなシンプルなコスチュームだ。澄んだ青空のような色の背景幕に舞台セットは何もない。近藤の音楽と溶け合った動きはバランシン作品を評される「古典的なフォーム、音楽的で明晰、正確なスタイル」を体現している。一方、チェンの軽々とした跳躍はいつも目を見張る素晴らしさ。また、黒いレオタード姿のコールド・バレエの女性ダンサーが加わり総勢32名、フル・キャストの群舞は壮観だ。ただ、群舞になると少しのバラつきでも目立ってくる。そうした観点からは一糸乱れぬ群舞とは言い難いのだが、それでも喜びと活気に満ちたこのバレエ団ならではの舞を目の前にすると辛口にはなれず、そこはつい大目に見てしまう。蒼穹(そうきゅう)のような背景幕に単純なレオタードのピンク、白、黒が冴えわたる。

同夜2つめの演目“Filigree and Shadow”(注:フィリグリーは極めて繊細な金銀線細工の意)は同バレエ団の座付き振付家ティム・ハーバーが創作した世界初演作品。舞台装置はたった1つ。スケートボードやスノーボード競技で使われる円弧状の巨大なハーフパイプが立ててあるだけだ。シンセサイザーを使い、太鼓のようなビートに合わせて踊る男女2人のダンサーは、指先に特徴のある振付で冒頭から緊張感にあふれていた。時折、アーチ型舞台装置の上から客席に向けて強烈なライトが放たれる。

手首、肩、肘、指の使い方は動物や爬虫類を連想させる動きで、日常生活に潜む怒りや恐怖を表現し、世界中で起きている事件・事象のカオスを表しているようにも感じられた。次の男女のペアの息もつかせぬ踊りから、3人の男性のユニゾンのダンスに移り、張り詰めた空気がさらにヒリヒリしていくようだ。この時、水か空気が漏れているような効果音に照明効果が加わって、観客は無限の緊張感の中を漂っているような感覚を覚えた。1つの区切りが付くたびに、客席からは大きな拍手が沸き起こった。

ハーバーは同演目の振付にあたって、最終段階まで音楽とは切り離して創作するという通常とは別の手法を採った。音楽はミュンヘンを拠点とする“48nord”に新たに委嘱された。舞台装置はこの分野が初めてとなる建築家、ケルビン・ホーが担当した。

この作品の「影」の部分について、ハーバーは次のように語っている。「私が表現しようとしているものの中には、避けられない暗い部分があります。そのため、この作品を創作する時にも、凶暴さや怒り、挫折などの感情に向き合わなくてはなりませんでした。しかし、最終的にそこから見い出せた結果はとてもポジティブなものでした。心の中にたまっていた澱(おり)のような感情から開放され、気持ちが浄化されたのです」。ハーバー自身の内部にも潜む影の部分への探求を作曲家たちとともに形にし、それを見事に表現したダンサーたち。バレエの優美なステップを踏襲しながらも同バレエ団の新たな領域を切り開いた同演目が終わった後、劇場は大熱狂に包まれた。

休憩を挟んでも観客の“Filigree and Shadow”への興奮は醒めやらなかったが、これを残したまま、プログラム最後の“In the Upper Room”が始まった。本作は、アメリカの有名な振付家トワイラ・サープが1986年に発表した作品だ。筆者が同作品を前回に観たのは15年前。ダンサーたちの肉体の限界への挑戦とも言えるスタミナに感動したのを今でも鮮明に覚えている。ドライ・アイスを使って濃い霧に満ちた舞台にファッション・デザイナーのノーマ・カマリによる、ダブッとした縦じまパジャマのコスチュームをまとったダンサーたちが現われる。パジャマ衣装に赤いベルトとソックスが強いインパクトを与える。同作品のために作られたフィリップ・グラスの音楽に合わせて踊るダンサーたちは嬉々としてしなやかでシャープ。自由自在に踊っているようにも見える。霧の向こう側に入れ替わり、現れては消えていくうちにコスチュームは次第に赤のタンクトップにしましまパジャマの下だけになっていった。絶えることがないエネルギッシュな40分にも及ぶ振付は、ダンサーの体力の限界を超えるかというところまで到達し、大喝采で夕べのプログラムが締め括られた。

※“20:21”は11月5日から21日までシドニー・オペラ・ハウスで上演される。

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