【シアター通信】オーストラリア・バレエ団 「VITESSE−ヴィテス」 

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バレエからオペラやミュージカルまで、オーストラリアで上演された話題のパフォーマンミング・アートをご紹介。

オーストラリア・バレエ団 「VITESSE−ヴィテス」 

取材・文=岸夕夏、写真=Daniel Boud


『In the Middle, Somewhat Elevated』のケビン・ジャクソンと近藤亜香

ダンサーたちは悲しみ、情熱、愛を研ぎ澄まされたボキャブラリーで体現

オーストラリア・バレエ団は、2016年最初の演目に『VITESSE』(フランス語で「速さ」の意)を選んだ。キリアン、フォーサイス、ウィールドンという、現代を代表する3人の振付家による3つの作品で構成され、それぞれが全く異なる色彩を放つ。そのシドニー初日公演を観た。

最初の演目は、イリ・キリアンが創作した『忘れられた土地』で、世界初演は1981年。『忘れられた土地』は、「叫び」で有名なエドヴァルド・ムンクの絵画『生命のダンス』からインスピレーションを受け、ベンジャミン・ブリテンの交響曲『シンフォニア・ダ・レクイエム』に振り付けた作品だ。

幕が上がると、客席に背中を向けた12人のダンサーたちの姿が目に入る。舞台は作曲家ブリテンの生まれ故郷、英国のイースト・アングリアの海辺をモチーフにしている。暗い海と垂れ込める分厚い雲が描かれ、その前に立ちはだかる金属的な様相の堤防らしきものだけのシンプルな舞台装置だ。冒頭の海に吹きすさぶ風の音から、ティンパニの腹に響くような音が続く。最初のパ・ド・ドゥの女性ダンサーは黒の衣装をまとい、ドレスの真ん中に入った深い赤が、舞台全体に立ち込める鈍いうす闇の中に、まるで1つの生き物のようにダンサーの動きに合わせて鮮やかに浮き上がる。女性ダンサーの上半身、腕の動きは失った何かを追い求めるように、宙に向けてつかまえようとする。同夜の最初の黒のカップルは、吹きすさぶ風の中で孤独と無力を感じ、悲しみに打ちひしがれた慟哭を表現しているようだった。

キリアンは語る。「私の全ての作品は愛と死をテーマにしています。愛とはロマンスだけでなく、音楽やアート、自然、森羅万象に対してです」。赤の衣装のペアからは激しい情熱が発散され、白の衣装のペアの舞からは、抑制された情感がさらに深い静謐を醸し出すようだ。ムンクの絵画『生命のダンス』に描かれている赤、黒、白のドレスの3人は、1人の女性の人生を表している。年齢を重ねた「黒」が見つめるかつての「赤」の情熱と「若き日の白」の純粋さ。嘆きから希望へ、命の誕生から避けることのできない死へ。そこにあるのは、生と死の間にある忘却の彼方、「忘れられた土地」なのだろうか。命のリズムを潮の満ち引きに例え、ダンサーたちは悲しみ、情熱、愛を研ぎ澄まされたボキャブラリーで体現した。

2つ目の演目はフォーサイスの『In the Middle, Somewhat Elevated』で、1987年にパリ・オペラ座バレエ団で世界初演された。何もない舞台装置とトム・ヴィレムス作曲のシンセサイザーを使った楽曲は何とも形容しがたい。浅あさぎ葱色の光沢のあるレオタードのダンサーたちは挑発的な空気を醸し出している。膝や手首の角度は鋭角で、脚のラインは直線的。創作された80年代の闘争的な雰囲気が漂うシャープな振り付けで、初演から30年経った今日でも斬新な印象を受ける。

初日公演のメイン・キャストはどちらもプリンシパルの近藤亜香(あこ)とケビン・ジャクソンだった。最初にお断りするが、筆者は特別な近藤びいきではない。けれど同夜の近藤の踊りは特筆すべきものだった。流れがとにかく美しい。そしてしなやかだ。そこに妖艶さと鋭さが加わる。彼女自身がスポットライトを放つようで、4人で踊っている時はそれが際立っていた。近藤はプリンシパルのチェンウ・グオとパートナーを組むことが多いのだが、同夜のジャクソンとのペアは新鮮でセンシュアルな輝きを放っていた。照明との陰影で腕の動きの残像が美しく軌跡し、ジャクソンのギリシア神話の英雄を思わせる筋肉質な身体性の輝きと重なって、彼の存在自体が1つのアートのようにさえ見えた。チェンウは野性味のあるしなやかさを見せ、ダンスの神様に選ばれた、踊るために生まれてきた人のように感じた。同演目が終わると大きな拍手が客席から贈られた。

最後の演目はクリストファー・ウィールドンが創作した『Danse a Grande Vitesse』(「高速のダンス」の意)。音楽はマイケル・ナイマンの『MGV―高速の音楽』で、フランスの高速鉄道TGVでの旅をテーマにした、明るく浮き浮きとしたスピード感が伝わってくる。舞台にはTGVをイメージしたメタリックな車両のようなセットが置かれている。管楽器が高らかに奏でる軽快なリズムに刻まれて、いつの時代も変わらない旅へのロマン、非日常的な光景と出合う前の高揚感が漂う。4組のソロのカップルは、ロマンス、スピード、危険、テクノロジーといった旅の側面を表現している。青っぽい照明に照らされたケビン・ジャクソンとロビン・ヘンドリックスのパ・ド・ドゥは叙情的で恋人同士の旅を思わせた。ヘンドリックスの腕の動きは鳥のようにしなやかだ。

エンディングが近付く頃、舞台袖で待機していた3人のドラムがユニゾンで響き、18人の群舞が加わった舞台は華やかで歓喜に満ちたフィナーレを迎えた。オーケストラの音が静止し、4組のカップルの動きだけで幕は閉じられていった。

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