【シアター通信】オーストラリア・バレエ団「ニジンスキー」

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バレエからオペラやミュージカルまで、オーストラリアで上演された話題のパフォーマンミング・アートをご紹介。

オーストラリア・バレエ団「ニジンスキー」

取材・文=岸夕夏、写真=Wendell Teodoro

ニジンスキー役のケビン・ジャクソン
ニジンスキー役のケビン・ジャクソン

時代の象徴となったバレエ団と若き天才ダンサー

熱心なバレエ・ファンであれば知らない人はいないくらい後世に多大な影響を与えたバレエ団、「バレエ・リュス」。これは、ディアギレフという希代のロシア人興行師がロシア人ダンサーたちと1909年にパリで旗揚げしたバレエ団だ。

バレエ・リュスに関わった芸術家は、画家のピカソやマチス、ミロ、ファッション界ではココ・シャネルとそうそうたる顔ぶれ。小説家・劇作家など多才な顔を持つジャン・コクトー、作曲家ではドビュッシー、ストラビンスキーなどパリを拠点にし当時きら星のごとく輝いた芸術家たちもバレエ・リュスに協力した。そのバレエ・リュスにディアギレフが目を留め一員となったのが、20世紀初頭に彗星(すいせい)のようにヨーロッパのバレエ界に現れ天才ダンサーとして活躍したニジンスキーだ。彼は18歳でバレエ・リュスの花形ダンサーになると共に、ディアギレフの同性の愛人にもなった。ニジンスキーは、ダンサーであるだけでなく自身でも振り付けを行い、セクシャルで官能的な振り付けは当時のバレエ界では大スキャンダルとなった。その彼の功績は、後の男性ダンサーの歴史を大きく変えたと認識されている。天才と呼ばれた彼だったが、精神障害に陥り、29歳の時に自身の最終公演を迎えている。

オーストラリア・バレエ団のデイヴィッド・マカリスター芸術監督は、本作「ニジンスキー」の公演権を手に入れるのに15年もの期間を費やした。振付家は、1973年以来ハンブルグ・バレエ団の芸術監督を務めるジョン・ノイマイヤー氏で、昨年京都賞を授与された人物。ノイマイヤー氏は同作品を2000年にハンブルグ・バレエ団のために振り付けし、舞台セット、衣装、照明デザインも担当している。

哀しく痛ましい天才ダンサーの光と闇

物語は、ニジンスキーが「神との結婚」と題した、彼の最終公演の再現舞台から始まる。初日公演のニジンスキー役は、プリンシルのケビン・ジャクソンだった。ジャクソン扮するニジンスキーは、冒頭から何かが憑依したようで、その瞳に常人の光はない。踊りの中で、舞台に横たわりこぶしを口の中にしつこく押し込もうとする姿は狂気そのものだ。ディアギレフの幻影を見てから物語は過去にさかのぼって、ニジンスキーの数々の輝かしいパフォーマンス、家族への愛情、兄や妹との舞台での共演、ニジンスキーの後の妻・ロモラとの出会い、心の病を持つ兄への悲しみといった要素が幾重にもなって交錯していく。

初日公演のディアギレフ役はプリンシパルのアダム・ブルだった。品の良い貴公子がはまり役の彼だが、ダークなディアギレフを演じるのは新鮮だった。回想の中で、ディアギレフがニジンスキーをリフトするシーンがある。バレエで男性ダンサーが別の男性ダンサーをリフトするのはとても珍しい。リムスキー・コルサコフ作曲の『シェヘラザード』の美しい調べで体をくねらせながら踊る「金の奴隷」はあでやかという言葉そのものだった。『シェヘラザード』の主題となるバイオリンの独奏によるエキゾチックな美しいメロディーは、ニジンスキーの回想の迷路の中で繰り返し現れる。

ニジンスキーが船中でロモラと出会った時のパ・ド・ドゥ(2人の舞)は、ニジンスキーの生き生きとした表情と躍動的なジャンプが、分裂していく精神の病と鮮やかに相対して浮かび上がる印象的なシーンだった。

同夜のニジンスキーの妹役はプリンシパルの近藤亜香(あこ)。水兵の上着を着てはつらつとした兄妹3人での踊り、バレリーナとして成長していく姿、2幕で全身肌色のタイツで狂気に取り憑かれたように踊る近藤は、ジャクソンと呼応するように観る者の心を強く揺さぶる。終盤に向けて、ジャクソンがステージの床に2回投身するように倒れ、そして次に背中から思いっきり倒れた時に、客席から声にならない悲鳴が上がったのを感じた。

ノイマイヤーは繊細で脆いニジンスキーの心の闇の深さを、痛ましくも哀しく美しく描き出し、ダンサーたちはノイマイヤーの魂を壮絶なまでに体現した。筆者は25年間オーストラリア・バレエ団の全シドニー公演を観続けてきたが、シドニー・オペラ・ハウスの観客全員がスタンディング・オベーションをするのを見たのは初めての経験だった。劇場を揺るがすような観客の拍手と「ブラヴォー」の声が、今公演のすばらしさを表していたのは言うまでもない。


<あらすじ>

第1幕

ニジンスキーの生涯最後となる公演が、1919年スイスのホテルで行われようとしていた。観客の中に、かつてパトロンであったディアギレフの幻影を見て、バレエ・リュスで踊った「レ・シルフィールド」「シェヘラザードから金の奴隷」「薔薇の精」の記憶と家族との思い出がよみがえる。バレリーナの妹、子どもの頃から精神障害の兆しをみせていたバレエ・ダンサーの兄、共にダンサーであった両親が、後にニジンスキーが振り付けた作品と交錯しながら、幻想のように現れる。ニジンスキーは南米公演へ向かう船中でロモラと出会い2人は結婚するが、ディアギレフの逆鱗に触れバレエ・リュスを解雇される。

第2幕

ニジンスキーの精神障害は悪化していく。子どもの頃、家族、マリインスキー劇場時代の記憶と第1次世界大戦、妻ロモラの不貞による錯乱が絡み合っていく。大騒動となった「春の祭典」の初演と第1次世界大戦、兄の死は同時期だった。ロモラはニジンスキーの困難な時期を共に過ごした。

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