【シアター通信】オーストラリア・バレエ団「Faster」

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バレエからオペラやミュージカルまで、オーストラリアで上演された話題のパフォーマンミング・アートをご紹介。

オーストラリア・バレエ団『Faster』

取材・文=岸夕夏、写真=Daniel Boud

高揚感に満ちた『Faster』のクライマックスのマラソン場面(Program: Faster、Artists: The Australian Ballet)
高揚感に満ちた『Faster』のクライマックスのマラソン場面(Program: Faster、Artists: The Australian Ballet)

21世紀を映し出す現代バレエ

オーストラリア・バレエ団の2017年プログラムの幕開けを飾ったのは、異なる現代振付家によるコンテンポラリー・バレエと呼ばれる物語の無い3つの抽象作品だ。時には難解と思われる現代作品に遭遇することもあるが、私たち聴衆と同時代に生き、時には私たちが見た同じ事象や体験が芸術家の感性で1つの作品として誕生し、ダンサーにより新たな生命を与えられた時、古典バレエとはひと味違う感動を得ることもある。

最初の演目は本公演のタイトルになった『Faster』で、12年ロンドン五輪の標語「より速く、より高く、より強く」にインスパイアされたもの。振付家は、1995年以来イギリスのバーミンガム・ロイヤル・バレエ団の芸術監督でもあり英国の至宝と称されるデヴィッド・ビントレー。ロンドン五輪開幕1カ月前に、同氏が率いるバーミンガム・ロイヤル・バレエ団が世界初公演を行った。ドラムが鳴り響くアップ・ビートな音楽は、オーストラリアの作曲家マシュー・ハインソンに委嘱されたもの。ビントレーは、純粋で崇高な五輪の理念をバレエに捧げ、五輪種目を模して本作を創作したわけではないと語っているが、ダンサーたちのコスチュームや踊りから個々のスポーツ種目(バスケットボール、シンクロナイズド・スイミング、フェンシング、体操、マラソン)がひと目で観客に伝わってくる。

躍動感あふれる『Faster』フェンシングの場面(Program: Faster、Artists: The Australian Ballet)
躍動感あふれる『Faster』フェンシングの場面(Program: Faster、Artists: The Australian Ballet)

色彩豊かな躍動感あふれる同作の中で異彩を放ったのは、共にプリンシパルのアンドリュー・キリアンと近藤亜香(あこ)がエリート・アスリートのけがと回復を表現した場面だ。緩やかでありながら極限に保たれた身体バランスの連鎖と緊張感に満ちたポーズは、心身の苦しみや葛藤がアスリートの華やかな栄光と相対して作品に深みを与えた。かと思えば、競歩選手のマイムからビントレーのユーモアあふれるセンスが輝いて、観客は緊張感と笑いの絶妙な束の間を楽しんだ。五輪の最終日がマラソンで締めくくられるように、『Faster』のフィナーレもマラソンをイメージさせる高揚感あふれる終盤を導いた。カラフルなランナー・コスチュームの総勢21人のダンサーは舞台全体を縦横無尽に駆け回る。ダンサーたちの大きな息づかいをオーケストラのコミカルな装飾音に仕立て、ビントレーのユーモアが散りばめられた同作に客席から大きな拍手が寄せられた。

芸術への飽くなき探求が視覚美を造る

2つ目の演目はオーストラリア・バレエ団の常任振付家、ティム・ハーバーの新作『Squander and Glory』だ。同作はフランスの哲学者、ジョルジュ・バタイユが第2次世界大戦後発表したエッセイ『The Accursed Share』から着想を得たもの。ハーバーは作品のコンセプトを「過剰なエネルギーは放出されなくてはならない」と語っている。音楽はマイケル・ゴードンの『Weather One』。舞台には巨大な反射鏡と化した中幕と、幾つもの不安定に積み上げられた大きなキュービックが映し出されている。冒頭で雷の音が響き、単純反復をするミニマル・ミュージックと呼ばれる音楽と相反して、変化をしていくのは刻一刻と変わるキュービックの色とダンサーのシャープで張り詰めた動きだけだ。中盤、突然劇場全体にライトが付き客席が舞台上の鏡に映し出されて、ステージと観客の境界が突然消滅してしまったような錯覚を覚えた。あちら側の世界、ドッペルゲンガーを見ているように劇場に落ち着かない空気が漂ったが、次第にライトが落ちて薄暗くなりこれも演出の1つであったのかと、ひと時の不思議な体験に安堵した。最後に再び雷鳴のような音が響き、ダンサー全員が横たわり幕が閉じていった。同作は観る人によって思いが大きく異なる作品ではないだろうか。

都会のもろさと孤独を抽出

同夜のプログラムはビントレーと同様、現代バレエ界の最先端をけん引する振付家、ウェイン・マクレガーが振付けた『Infra』で締めくくられた。同作は、2005年のロンドン爆破テロ事件をきっかけに作られ、08年にイギリスのロイヤル・バレエ団が世界初演をした。そしてバレエ界のアカデミー賞と呼ばれるブノワ賞の最高作品賞となった。舞台上方全体に掲げられた横長のデジタル・スクリーンには、人の歩いている姿が日常風景の1コマのように映し出されている。現実社会の表層をLEDで語り、その真下では都会で生きる人びとの深層にある悲しみや怒りの混沌を、数組の男女のカップルのダンサーたちが表情と体の動きで表した。身体全体が波のうねりのようにしなやかな流動線を描き出し、動物を想起させる首や腕、上半身の動きは、1つひとつの関節にまでマクレガーの思考が伝達されているのではないかと思わせる。この作品でとりわけ印象に残ったのは、ソリストのヴィヴィエンヌ・ウォングの演舞だった。最後に1人ぽつんと残されて佇(たたず)むウォングの姿は忘れがたい。マクレガーの振付けとマックス・リヒターの音楽、ヴィジュアル・アーティスト、ジュリアン・オピーのクリエーションが一体となった同作から、都会の孤独が描き出され心を打つ。古典バレエとは異なる感動が時間の経過と共に蘇り、ひたひたと心に染み入るようだ。(観劇:4月7日/シドニー・オペラ・ハウス)

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