【シアター通信】オーストラリア・バレエ団 グレアム・マーフィー版『くるみ割り人形―クララの物語』

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バレエからオペラやミュージカルまで、オーストラリアで上演された話題のパフォーマンミング・アートをご紹介。

オーストラリア・バレエ団 グレアム・マーフィー版『くるみ割り人形―クララの物語』

取材・文=岸夕夏

第1幕より若き日の恋人たちのパ・ド・ドゥ(Program: Nutcracker、Artists: Kevin Jackson & Leanne Stojmenov、Photo: Daniel Boud)
第1幕より若き日の恋人たちのパ・ド・ドゥ(Program: Nutcracker、Artists: Kevin Jackson & Leanne Stojmenov、Photo: Daniel Boud)

<あらすじ>
1幕

うだるように暑いクリスマス・イブ、舞台は1950年代末のメルボルン。今では年老いたが、かつては華やかなロシアのスター・バレリーナだったクララは、ラジオから流れるチャイコフスキーの『くるみ割り人形』を聞いてノスタルジックになる。ロシア時代の友人たちがクリスマスを一緒に過ごそうとクララの家にやって来た。そこに、若くハンサムなクララの主治医が訪れ、クララのロシア帝室バレエ時代のフィルムを映写機で映し出す。一同は懐かしさに踊り出すが、クララは踊りに夢中になって倒れてしまう。心配した医師はクララを休ませ、友人たちはクララの家を後にする。ベッドのわきで付き添う医師の横で、クララは夢とも幻覚ともつかぬ体験をする。ロシア革命の騒乱が悪夢となってクララを襲い、そこには幼いころのクララや革命で殺された恋人がいた。悲惨な記憶を拒否するように眠りに落ちたクララは、恋人であった将校との日々、雪に閉ざされていくロシアの冬の中、クララの将来を暗示するペテルブルグの風景の中に雪の女王が浮かび上がる夢を見る。

2幕

帝室バレエ学校時代でのトレーニングを経て、クララは名門マリインスキー・バレエ団に迎えられ、若き将校と恋に落ちた。バレエ団の花形スターとなったクララはロシア皇帝の前で『くるみ割り人形』を踊る。時代は不穏な空気に包まれ、1917年の革命で恋人は銃弾に倒れた。悲嘆に暮れたクララはディアギレフのバレエ・リュスに加わり、ロシアを永遠に離れる。40年にバレエ・リュスの花形バレリーナとしてオーストラリアに到着したクララは、第2次世界大戦の勃発によってオーストラリアに残り、新たに結成されたばかりのボロヴァンスキー・バレエ団で生涯最後の公演を行う。夢の中の喝采がクララを永遠の眠りに導いた。

第2幕より金平糖の精の踊り(Program: Nutcracker、Artists: Jarryd Madden & Leanne Stojmenov、Photo: Daniel Boud)
第2幕より金平糖の精の踊り(Program: Nutcracker、Artists: Jarryd Madden & Leanne Stojmenov、Photo: Daniel Boud)

激動の歴史の中で捧げた舞踊への愛

鬼才、グレアム・マーフィーが振付けした『くるみ割り人形』はクララの物語と副題が付いているように、子どものクリスマス・ファンタジー的な古典バレエの『くるみ割り人形』とは趣が全く異なる。本作はオーストラリア・バレエ団設立30周年を記念して25年前に制作され、1人のバレリーナの生涯を通してオーストラリア・バレエ団誕生の歴史が語られている。

観客が劇場に入ると、開演前にもかかわらず舞台は既に始まっているかのようだ。舞台左半分は鉄製の四角い物干しがあるさびれた雰囲気の裏庭。そこでは裸足で遊ぶ子どもたちがワイワイと声を上げている。右半分はクララの家がセピア色のセットで組まれ、壁に貼られたたくさんの写真、雑然とした生活用品、2階のベッド際に掛けられたイコンから、物語の主人公の慎(つつ)ましやかな人生が観客に語りかけてくる。

1幕の冒頭に登場する7人のクララの友人は、物語の中だけでなく実際に皆かつてはダンサーであった。老年クララを演じたアイゴール・ガイシナの気品あるステップと身のこなしは、往年のバレリーナを彷彿とさせた。お年を召した男性ダンサーが別の男性ダンサーをリフトしようとしたり(もちろん出来ない)、おばあちゃまダンサーがハンサムな医師に言い寄る様は楽し気で、ユーモアに溢れたマイムと踊りは客席を沸かせた。

物語は、ロシア革命の悪夢のシーンから若き日のクララへと、時が遡(さかのぼ)って展開していく。シドニー初日公演の医師・将校の役はプリンシパルのケビン・ジャクソンだった。若き日のクララ役はプリンシパルのリアン・ストジェベノフ。将校姿のジャクソンは片方の肩にクララを乗せ、クララ役のストジェベノフは羽があるように軽々と舞う。恋人同士のめくるめく感情を、ひじから手首を素早く絡ませたマーフィーの特徴ある振付けは印象的だ。舞台のセットは全て取り除かれ、深海のブルーのように照らされた床で展開される、白のシュミーズ・ドレスのクララと白いコスチュームの若き将校のデュエットは、心に残る美しいシーンだ。ストジェベノフのひざがジャクソンに支えられ、あたかも鳥が舞うように、しなやかな弧を描く上半身の動きからはピュアな美しさが浮かび上がり、無限の空間美が創造される。

チャイコフスキーの流麗な音楽と共に舞台は一転して、雪の精たちの群舞に変わっていく。ふわふわと柔らかそうに舞い上がる雪のように、コール・ド・バレエの流れるラインが波打つような流線型のフォルムを形成して、その中に幼いころのクララを佇(たたず)ませ時間が逆戻りしていく演出は幻想的だ。

同夜で一番の喝采を浴びたのは、2幕の皇帝の前での『くるみ割り人形-金平糖の精』の劇中劇だった。ストジェベノフとパートナーを務めたプリンス役のジャレッド・マデンのロシアのスター・ダンサーとしての技術的な正確さ、高嶺(たかね)の花のような冷たさと気品は観客を圧倒した。

本作を忘れがたい名作に貢献しているのは、今は亡きクリスチャン・フレドリクソンの衣装・舞台セットへのこだわりであることは間違いない。

『くるみ割り人形ークララの物語』は6月2日から10日まで、メルボルン・アーツ・センターで上演される。(鑑賞:5月2日/シドニー・オペラ・ハウス)

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