【シアター通信】オーストラリア・バレエ団『不思議の国のアリス』

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バレエからオペラやミュージカルまで、オーストラリアで上演された話題のパフォーミング・アートをご紹介。

オーストラリア・バレエ団 『不思議の国のアリス』

取材・文=岸夕夏

第1幕より巨大アリスになった近藤亜香(TAB Alice’s Advenures in Wonderland, Ako Kondo, Photo: Daniel Boud)
第1幕より巨大アリスになった近藤亜香(TAB Alice’s Advenures in Wonderland, Ako Kondo, Photo: Daniel Boud)

あらすじ

1862年、英国オックスフォードにあるリデル家でのガーデン・パーティー。アリスに恋心を寄せる庭師のジャックは、アリスに薔薇(ばら)の花一輪を差し出す。アリスはジャックにジャム・タルトを手渡すが、アリスの母親はジャックがタルトを盗んだと誤解し解雇してしまう。リデル家と親しいルイス・キャロルは、悲しむアリスを慰めようと写真を撮っているうちに、白うさぎに変身して消えてしまう。白うさぎを追って穴に飛び込み、不思議な世界に迷い込んだアリスはハートのジャックに出会う。そこには母親とそっくりなハートの女王がいて、タルトを盗んだ罪でハートのジャックに情け容赦ない仕打ちをしていた。アリスの体は縮んだり大きくなったりしながら、不思議な生き物たちに遭遇していく。ハートの女王はジャックを裁判にかけ、動物たちはジャックに不利な証言をして大混乱。アリスはジャックの無実を主張するが、どうにもならないと分かり裁判に居並ぶ動物を押し倒した。すると動物とカードたちはドミノのように倒れて、最後にハートの女王が転落。アリスは目を覚ました。

ハートの女王のエイミー・ハリス(TAB Alice’s Advenures in Wonderland, Amy Harris & Artists of the Australian Ballet, Photo: Daniel Boud)
ハートの女王のエイミー・ハリス(TAB Alice’s Advenures in Wonderland, Amy Harris & Artists of the Australian Ballet, Photo: Daniel Boud)

待望の“アリス”がやって来た!

『不思議の国のアリス』はオーストラリア・バレエ団設立以来最大規模の演目で、日本の新国立劇場バレエ団との共同制作でもある。

チケットは公演の約1年前から発売されたが、ずいぶん早くから完売したようだ。振付家は、現在世界中から最も熱い視線が寄せられているクリストファー・ウィールドン。バレエ以外でもミュージカル『パリのアメリカ人』の振付けでトニー賞を受賞した俊英だ。

本作は英国ロイヤル・バレエのために創作され2011年に世界初演された。ロイヤル・バレエでの全幕物語バレエの新作は15年ぶりとあって、当時英国バレエ・ファンの期待は相当なものだった。そして現在でも再上演される度に、チケット完売記録を更新中と伝えられている。17年12月には日本の主要都市で舞台の映画上映もされた。そんな大作のオーストラリア・バレエ団『アリス』初日公演主役に抜擢(ばってき)されたのは、プリンシパルの近藤亜香(あこ)だった。初日公演はバレエ団の顔となるベスト・ダンサーを選ぶのが常であるから、オーストラリア・バレエ団のデヴィッド・マカリスター芸術監督の近藤に対する信頼と期待の高さがうかがえる。その初日公演を観た。

極上の“エンターテインメント”なバレエ

木琴のリズムが物語の始まりを楽しそうに奏でて幕が開くと、ビクトリア朝の古びた佇(たたず)まいの家が背景幕に描かれていた。藤色の膝丈ドレスに同色のカチューシャをした近藤は、実に自然に良家の子女らしい上品かつ活発な雰囲気で舞台の中に溶け込んでいた。原作のアリスは10歳の女の子だが、バレエでは思春期の少女になっている。同夜の相手役ジャックは、プリンシパルのタイ・キング=ウォールだった。キング=ウォールはどちらかというと王子役が似合うダンサーだが、質素な身なりの庭師も意外なほど収まりが良い。アリスの姉妹や両親、お茶会に呼ばれた客人たちの服装や物腰から19世紀イギリスの厳格な上下関係が垣間見えて興味深い。ルイス・キャロルが写真機に掛けられた黒布に頭を突っ込んでモゾモゾしていると、お尻からうさぎのしっぽが飛び出し、そこから観客はワンダーランドに導かれていった。アリスが不思議の国に迷い込む様は、プロジェクション・マッピングのハイテク映像が使用された。

大きくなり過ぎたアリスが、自分の涙でできた池で魚やカエルと泳ぐシーン。頭上に吊られた大きな豚をソーセージにしている最中、包丁を振り回す住人と赤ん坊がいる「スイートホーム」と書かれたクレイジーな家。何人ものダンサーが黒子のように中に入った巨大なチェシャ猫。芋虫たちのセクシーなダンス。いかれ帽子屋の華やかなタップ・ダンス。ボブ・クローリーが制作した色彩豊かな衣装と目を見張るような奇抜なセットの中で繰り広げられるダンスから一変して、舞台セットは全てなくなり、がらんとした空間に近藤の長いソロが始まった。見開かれた瞳や体のライン、しなやかな腕の動きは感情を雄弁に語り、ワンダーランドから抜けだせない複雑な心情を巧みに表現した。

3幕を通してアリスは出ずっぱりで踊る。主役としてのオーラとスタミナ、高いダンス技術と目まぐるしく変わる場面での演技力など、主人公アリスに要求されるものはとても大きい。近藤のダンスは全幕を通して冴えていた。

劇場を笑いの渦に包んだ第3幕では、ハートの女王が狂気となって暴走していく。容姿端麗なダンサーたちが、可笑(おか)しなポーズと共に変な顔をふんだんに披露し、ユーモアのセンスが炸裂するのもこの作品の魅力の1つだろう。振付家のウィールドンは本作を「ザッツ・エンターテインメント」と言い切る。それぞれの楽器の特徴を生かして登場人物たちの心情や風景を見事に描いた音楽は、ジョビー・タルボットがこの作品のために作曲した。夢から覚めたアリスはジャックと共に現代にいた。アリスが携帯電話を差し出す洒落た最終場面は、ウィールドンの遊び心を最後まで感じさせた。(鑑賞:2017年12月5日/シドニー・キャピタル・シアター)

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