【シアター通信】オーストラリア・バレエ団『スパルタクス』

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バレエからオペラやミュージカルまで、オーストラリアで上演された話題のパフォーミング・アートをご紹介。

オーストラリア・バレエ団 『スパルタクス』

取材・文=岸夕夏

友との戦いに苦悩するスパルタクス(TAB “SPARTACUS”, Jarryd Madden & Tristan Message, Photo by Jeff Busby)
友との戦いに苦悩するスパルタクス(TAB “SPARTACUS”, Jarryd Madden & Tristan Message, Photo by Jeff Busby)

あらすじ

第1幕

紀元前の古代ローマ。時の執政官クラッススはトラキア制覇の凱旋式パレードを行う。捕らえられたトラキア人は奴隷オークションで売られ、その中にスパルタクスと妻フリーギアがいた。クラッススは美しいフリーギアに目を留め、自邸に連れていく。剣闘士のトレーナー、バティアトスは強靭なスパルタクスを友のエルメスと一緒に買い上げ、2人を闘技場で戦わせる。エルメスを殺したスパルタクスは自分の行為に驚愕。その後、奴隷反乱を扇動し、グラディエーターにされた仲間と共に逃亡する。

第2幕

クラッススの邸宅でフリーギアは奴隷として耐えていた。スパルタクスはフリーギアを救うために仲間と邸宅に突入。我が子を盾にしたクラッススと直面したスパルタクスは殺すより慈悲を選び、仲間と共に立ち去った。

第3幕

スパルタクスとフリーギアは勝ち得た自由に歓喜したが、これが束の間であることを知っていた。クラッススは軍隊を招集し、長い戦闘の末、奴隷たちの反乱を制圧。捕らえられた反乱者たちは、磔刑(たっけい)にされアッピア街道に晒(さら)される。フリーギアはスパルタクスの思い出を胸にしてローマを脱出する。

第2幕の浴場で君臨するクラッスス(TAB “SPARTACUS”, Artists of the Australian Ballet, Photo by Jeff Busby)
第2幕の浴場で君臨するクラッスス(TAB “SPARTACUS”, Artists of the Australian Ballet, Photo by Jeff Busby)

演劇的側面の高い新作『スパルタクス』

古代ローマの奴隷反乱の史実を基に作られた、バレエ『スパルタクス』はオーストラリア・バレエ団の今年一番の話題作だ。オーストラリア・バレエ団が最後に『スパルタクス』を上演したのは2002年。前作はセルゲイ版で、1990年のアメリカ・ツアーでも絶賛された。3年を費やして今回新たに創作された『スパルタクス』は、NIDAを卒業した元オーストラリア・バレエ団のダンサー、ルーカス・ジャービスによる振り付け。NIDAと言えば、ケイト・ブランシェットやメル・ギブソンなど名立たる俳優を輩出している、オーストラリアが誇るエリート国立演劇学院だ。そんなNIDAで研鑽(けんさん)を積んだ振付家による作品が、強い演劇性を帯びていないはずがない。新作『スパルタクス』はプリンシパルのケビン・ジャクソンをイメージして創作されたものだが、スパルタクス役がシニア・アーティスト(プリンシパルに次ぐランク)のジャレッド・マデン、フリーギア役がプリンシパルの近藤亜香(あこ)の第2キャストを鑑賞した。

個々の役を生き抜いたダンサーたち

アラム・ハチャトゥリアン(1903~1978)が作曲した壮大なオーケストラで幕が開くと、赤い旗を振る群舞のダンサーと、青、浅葱(あさぎ)色、黒のドレスをまとった女性ダンサー、金色の月桂樹を冠した執政官クラッススの美しいカラー・パレットが舞台に現れた。薄茶色の衣装を着た捕虜たちは怯え、執政官役のプリンシパル・ダンサー、アダム・ブルは冷徹な面持ちで君臨している。長身のブルのジャンプは高く急速で端正、舞台に大きな弧を描くように旋回すると、そこには何人をも寄せ付けない冷たい高貴さが立ち上がる。

捕虜たちが奴隷として買われていくシーンでは、哀しみと恐怖の叫びがダンスから滲(にじ)み出た。パンツだけの男たちの拳闘シーンは剣を使わず、全て素手での闘いだ。殴る度にピシャリと肌を打つ音が発せられ、時には男たちの胴体に赤みが差す。

人差し指で天を指した大きな手や闘技場、ローマのコロッセウムを想起させる3階建ての回廊など、本作の舞台美術のスケールは巨大だ。美術はグレーのモノトーンを用い、衣装は美しい色彩で洗練されたシンプルなライン。土臭さのないその美しさは、時として、遠い古代が現代と交錯したような錯覚を起こさせる。

2幕が開き、湯気が立った幾多の円形バスタブが置かれた舞台と、巨大な3階建ての回廊のセットが現れると客席から微かなため息が漏れた。女奴隷たちに体を洗わせながら、風呂で戯れる男女の享楽の中、抱き合い、キスをするエロチシズムなシーンが展開される。女奴隷たちの群舞から、個々の苦悩が哀切に浮かび上がり、美しいドレスをまとった貴族たちの乱痴気騒ぎと相反した。湯につかる女たちを絞め殺したグラディエーターと、女奴隷たちとのダンスは刹那的で歓喜と哀愁が入り混じる。

スパルタクスは剣闘士として友をなぶり殺すことを強いられ、愛する妻を奴隷として奪われた。閉じ込めていた怒りや絶望が極限に達し、殺すことも容易なクラッススに情けをかけてしまう、感情のうねりが逡巡する一瞬はダンサーに並みならぬ演技力を求める。同夜のマデンには渦巻く魂の揺れの表現が十分には見られず、本来、すばらしいアーティストである彼の本領発揮まで至らなかったように私には感じた。

スパルタクスとフリーギアのパ・ド・ドゥ(TAB “SPARTACUS”, Ako Kondo & Jarryd Madden, Photo by Jeff Busby)
スパルタクスとフリーギアのパ・ド・ドゥ(TAB “SPARTACUS”, Ako Kondo & Jarryd Madden, Photo by Jeff Busby)

3幕の哀愁あるオーケストラのメロディーに乗って踊られる、スパルタクスとフリーギアのパ・ド・ドゥ(2人踊り)はこの演目のハイライトだろう。近藤の全身は咆哮(ほうこう)し、アラベスクの指先からさえ苦悶と命への希求が放たれた。血まみれになり生きる屍(しかばね)同然となって晒されたスパルタクスの足元で踊る近藤の長いソロは、慟哭(どうこく)と狂気のダンスで物語を終幕に導いていく。劇場は大きな拍手とたくさんのブラボーに包まれ、夕べの幕が下りた。

『スパルタクス』はシドニー・オペラハウスで11月9日から24日まで上演される。(鑑賞:9月26日/メルボルン・ステート・シアター)


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