「しあわせな日々」 Happy Days

Theatre Information

「しあわせな日々」 Happy Days
「しあわせな日々」

絶望的な状況でも希望を捨てない
1人の女性の物語

 1人の女性が想像を絶するような運命に直面した時、言葉をしゃべり続けること、そしてその合間の沈黙が、彼女の生命を輝かせ続ける。話す言葉に意味がなくても、観客は、しゃべり続ようとする彼女の姿を通して、その女性のことを知り、愛着を抱くようになる。
 ノーベル文学賞を受賞したサミュエル・ベケット作の戯曲「しあわせな日々」は、そんな女性、ウィニーの物語。「周りを取り巻く残酷な影響の下、われわれはいかに前向きに考えることができ、運命の主導権を握っていると確信できるのだろうか ? どんな状況でも、希望と絶望、幸福と悲しみといった人間の内部の葛藤は、消え去ることがないはずだ」。演出のマイケル・カントー(Michael Kantor)はそう語る。

 登場人物は初老の女性ウィニーと、夫のウィリーの2人だけ。2幕を通してしゃべり続けるのは妻のウィニー。夫のウィリーは時たま現れては独り言を言ったり、うなったり、簡単にウィニーに相槌を打つ程度。
 舞台は円形のカーテンに囲まれている。開幕と同時にサイレンが鳴り、ゆっくりと端から端へカーテンが開けられていく。第2次大戦の最中または直後を思わせる、瓦礫のような丘が目に飛び込む。崩れた建物のように見えるその中に、女性が腰まで埋まって寝ている。目覚まし時計のベルが鳴り、その女性、ウィニーが目を覚ます。空は青空。彼女の日常が始まったというわけだ。
 まず、日用品が入っているバッグの中から歯磨きのチューブと歯ブラシを探り出して歯を磨く。少しずつ減っていくチューブの中の練り歯磨き。日々の習慣を繰り返す中で、時間は確実に終末に向かって進行していることを示唆している。

「しあわせな日々」

 身だしなみを整え、過去の思い出を語りながら、「今日も幸せな日になるだろう」とウィニーはしゃべり続ける。丘の下には夫のウィリーが、禿げ上がった後頭部と、日光浴のために裸になった上半身の背中を見せて新聞に目を通したりしている。彼は動くことはできるが、ほとんど話すことはなく振り返ることもない。ただそこにいるだけという存在だ。己の狂気から逃れるがごとく、ウィニーはしゃべり続ける。「今日もまた幸せな日になる」、そう自分に言い聞かせている時、太陽の熱で彼女のパラソルが燃え始める。
 第2幕では、ウィニーはただ顔が見えるだけ。全身が埋まってしまい、日用品を手にとって使うこともできなくなってしまった。つまり、言葉と顔の表情だけが自己表現の手段という極限状態に追い込まれているのだ。それでもウィニーはひたすらしゃべり続ける。過去と現在は「しあわせな日々」にしたいと願いながら。
「メリー・ウィドウ」の一曲が流れる中、タキシードにめかしこんだウィリーが現れ、ウィニーの近くに寄り添うために瓦礫の丘を登るべく手を差し伸べる。ウィリーに名前を呼ばれ、微笑むウィニー。しかしそれは幻覚だったのだろうか。
 難解と言われるベケットの小品「しあわせな日々」。動きのとれないウィニー役は大役だ。特に首の上しか露出しない第2幕では、顔と目の表情、そして声だけが表現手段となる。このウィニー役は、トラジック・コメディーにかけては抜群の評判を誇るJulie Forsyth。この難しい役を彼女は時にコミカルに演じ、共演ウィリー役のPeter Carrollと息の合った演技で、暗いユーモアを見事に表現していた。そして記すべきは、アナ・コーディングリー(Anna Cordingley)のデザインによる、周囲の過酷な世界を描く舞台セット。主人公ウィニーの心の中を照らすかのように劇を盛り上げるポール・ジャクソン(Paul Jackson)の照明。どれをとってもすべてが上質の演劇と言えよう。
information
制作:Malthouse Melbourne
上演:Company B Belvoir
会場:ベルボア・ストリート・シアター
   (Belvoir St. Theater)
住所:25 Belvoir St., Surry Hills
日時:公演中〜12月13日
   火6:30PM、水〜土9PM、日5PM
料金:$56
予約:(02)9699-3444
Web: www.belvoir.com.au

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