夢にまで見たパリ・オペラ座入団 八菜オニールさん

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夢のパリ・オペラ座への出発を間近に控えて

夢にまで見たパリ・オペラ座入団

バレエ・ダンサー、八菜オニールさん

楽しんで踊ることが一番

クラスメートよりひと足先に、オーストラリア・バレエ・スクールの卒業公演を終えてきたバレエ・ダンサーの八菜オニールさん。3歳で始めたバレエの舞台は、日本からオセアニア、そして9月からはパリ・オペラ座へと移る。世界中のバレエ・ダンサーが憧れる“夢”をいくつも叶えてきた八菜さんの、新生活スタート直前インタビュー。

 

夢にまで見たパリ・オペラ座

 「子どものころからの夢だったので、本当に本当に嬉しいです」。ちょうど1週間後からスタートするパリでの新しい生活に対し、不安などみじんも感じさせぬ笑顔で答える。

 今年6月、パリ・オペラ座バレエ団のたった2つのフルタイムのポジションをかけたオーディションで、世界中から集まった111人のバレエ・ダンサーを制し、見事に契約を獲得した。「来年4月までのダンサー契約ですが、例え更新できなくても、夢にまで見たバレエ団で踊れるだけで自分にとってはすごいことなので、それで満足です」。幼いころに同バレエ団の日本公演を見て以来、ずっと憧れ続けてきた。そして、2009年にグランプリを獲得したスイス、ローザンヌでの国際バレエ・コンクールの帰りに立ち寄ったパリで、再び同バレエ団の踊りを目に志を新たにしたという。今年、「若いうちにチャレンジしておかないと後悔する」と思って受けたオーディションだった。

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スペイン風の踊りが特色の恋愛物語『パキータ』 (Photo: Sergey Konstantinov)
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お互いが励まし合いながらともに成長していったクラスメート (Photo: Sergey Konstantinov)

オセアニアからヨーロッパへ

 バレエを始めたのは3歳の時。母親に連れられて東京・世田谷のバレエ・スタジオに行ったのだが、当時の記憶はほとんどないと言う。「でも、バレエがすごく好きだったという気持ちは覚えています」。何となく楽しい気分で通いながら、何となくコンクールに出るうちに、何となく“バレリーナになりたい”と思うようになっていった。

 8歳になり、ラグビー選手だった父親の現役引退を機に、父親の故郷であるニュージーランドに家族で移住。「バレエを辞めることは、全く考えていませんでした」。早速、母親が見つけてきたバレエ学校、マウント・エデン・バレエ・アカデミーに入学。日本に比べてバレエ人口も少なく技術的にも遅れていたニュージーランドでは、日本で学んだ技術を生かして余裕のスタートをきったかに思われた。ところが、細かい点で注意されることが多く、それがかえって上達につながっていったのだという。

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ニューヨークで優勝したグラン・パ・クラシック の衣装を着て(Photo: Sergey Konstantinov)

 最初は放課後に週1日程度通っていたバレエに、毎日通うほど夢中になっていった。「初めてのトゥシューズは、フリード社製のピンクのサテンでした。すごく嬉しくて、一生懸命やっていこうって意識的に思うようになりました」。10歳のころだった。

 バレエ中心の生活ながらも、バレエ・スクールでの友達にも恵まれたことから辞めることは考えたことがなかった。

 7年後、それまで年に数回、インターナショナル・トレーニング・プログラムに参加していたオーストラリア・バレエ・スクールで、フルタイムの学生として本格的にバレエを学ぶようになる。「それまでのようにコンクールのためだけの練習ではなくなり、全体的に難しくなりましたが、上手になっていくのが自分でもよく分かりました。クラスメートもレベルが高く、お互いが負けないように頑張りながらも励まし合って、皆で高め合っていった感じです」。

 そんな中で選ばれたのが、バレエ・ダンサーなら誰もが憧れる、ローザンヌ国際バレエ・コンクールへの出場。「優勝することは全く考えていませんでした。世界中から集まるほかのダンサーに接することで、良い経験になるだろうな、程度に思っていたんです」。そこで、今では伝説のようにも語られている、“トゥ・シューズの紐がほどける”というアクシデントに見舞われながらも、グランプリを手にしたのだった。「信じられないというよりも、ショックに近いほどの驚きでした」。

 

エトワールを目指して

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ラフマニノフの音楽が美しい『アセンション』 (Photo: Sergey Konstantinov)

 ニュージーランド人と日本人の血を引くバレエ・ダンサーは、「いつも頑張ってチャレンジしてしまうところは、日本人っぽいなと思います」と笑う。それでも、いつも頑張っているばかりでは、上手にできない時に落ち込んでしまうので、頑張っている意味がなくなってしまうという。「楽しんでいられるのが一番。バレエを踊っている時は、本当に心地良いんです」。

 自他ともに認めるはまり役は、“お姫様タイプ”だが、今年は特に、それ以外のキャラクターもできるよう頑張ってきたそうだ。「お姫様タイプの役は、無理なく自然に演じられるキャラクターですから。でも、白鳥の湖の全幕を踊って、お姫様タイプの白鳥と、シャープな黒鳥を演じ分けるというチャレンジをしてみたいですね」。そして、目標は“自分自身で一番満足のいくダンサーになること”。「誰かを目指して真似をするというよりも、自分のなりたいダンサーになりたいということですね」。

 将来の夢は?—「オペラ座のエトワール※になれたらいいな、って思っています」。18歳のはにかんだ笑顔の瞳には、“エトワール”が凛と輝いていた。

(※パリ・オペラ座バレエ団の最高位。フランス語で星の意)


PROFILE 八菜オニール(ハナ・オニール):
3歳から東京・世田谷の岸辺バレエ・スタジオでバレエを習い始め、2001年、8歳で父親の出身地ニュージーランドへ移住。08年オーストラリア・バレエ・スクールに入学後に09年ローザンヌ国際バレエ・コンクールで優勝、10年ユース・アメリカ・グランプリで金メダル受賞。今年9月より、パリ・オペラ座バレエ団とシーズナル・コントラクトを結ぶ

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