「暗黒の火曜日」の山火事

タスマニア再発見
No.91 「暗黒の火曜日」の山火事
文=千々岩健一郎

「暗黒の火曜日」といえば、1929年の世界大不況のきっかけとなるウォール街での株の大暴落が一般的だが、タスマニアでは史上最大の惨事となった大きな山火事が発生した日を指す。

67年2月7日火曜日、この日は北西からの強風、乾燥、高気温という状況下で、ダーウェント川上流部のハミルトン、ボスウェル付近から発生したいくつかの山火事が、ホバート市の中心部をかすめウェリントン山麓を焼きながら南方面に広がり、ダーウェント下流に沿ったスナッグの町付近まで焼き尽くした。この日に焼失した面積は、26万4,000ヘクタール。死者62人、負傷者900人、家屋1,293棟、その他の建物の被害1,700件という、豪州史上最大の惨事となった。被害はこれにとどまらず、家畜6万2,000頭、1,500の車両、80の橋、4,800の送電施設など、総被害金額は当時の評価で4,000万ドルに及んだ。わずかに5時間程度の間の出来事だったそうだ。

この事件の原因とされているのは、まず前年の冬から春にかけての多雨で茂った市街地や森林の下草が火災の燃料になったこと、併せて11月以降80年来の雨不足の乾燥した気候が到来して最悪の状況を作っていたこと。このタスマニアの「暗黒の火曜日」の数日前から何カ所かで小規模な山火事が発生しており、それらに対するバックファイヤー(向かい火)や放火などが行われたために、過酷な天候状況の下で最悪のものに発展してしまった。

この日の山火事で最も大きな被害を受けた町の1つスナッグ(Snug)に、この「暗黒の火曜日」を追悼する記念碑が設けられている。碑はダーウェントの河岸の入り江に面した公園の一角に、火事で消失したあとに常に残されるレンガの煙突、そして炎のように鮮やかなオレンジで塗られた焼失家屋の骨組みをモチーフとしたもので、亡くなられた62人の氏名が標記されている。現在でもこの季節になると、碑の下には花が手向けられる。

山火事被害を受けたスナッグに設けられた記念碑
山火事被害を受けたスナッグに設けられた記念碑

実は今年もタスマニア北西部では1月から頑固な山火事が発生し、この稿を書いている2月中旬現在も燃え続けている。特に北西部の地域での降雨が少なく、そのエリアは世界遺産のクレイドル・マウンテン国立公園まで及び、人気のオーバーランド・トラックも一時的に閉鎖されるに至った。他州からの応援の消防隊も多数駆けつけ、北西のスタンレーの町に消防隊の臨時滞在用デポを設置するようだ。3月となって天候が変化し、早急に状況が改善されることを祈るばかりである。


タスマニア再発見

 

千々岩 健一郎 プロフィル

1990年からタスマニア在住。1995年より旅行サービス会社AJPRの代表として、タスマニアを日本語で案内する事業の運営を行うとともに、ネイチャー・ガイドとして活躍。2014年代表を離れたがタスマニア案内人を任じて各種のツアーやメディアのコーディネートなどを手がけている。北海道大学農学部出身。

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