姉妹都市〜交流の軌跡(その1)〜/タスマニア再発見

タスマニア再発見
No.92 姉妹都市〜交流の軌跡(その1)〜
文=千々岩健一郎

タスマニアのホバートが静岡県の焼津市と姉妹都市となって2017年でちょうど40年目となる。1970年代当時、タスマニアの近海にはミナミマグロを求めて多数の日本の遠洋漁船が訪れていた。ホバートの港はこういった船の食糧補給や病人の看護などのための寄港地として貴重な存在であり、焼津からの船も多数訪問していたことからこの姉妹都市関係が作られた。

76年、焼津市からの申し入れをホバート側が受け入れ、翌年77年2月に焼津市長がホバートを訪問し特別市議会の席上で姉妹都市提携を調印。以降、両市の間では、子どもたちのホームステイ交流を中心に議員団の相互訪問などさまざまな交流が行われてきたが、中でも大きな交流の軌跡が2つある。

1つは、10周年を記念してホバートの王立植物園に日本庭園が造られたことだ。焼津市の原田造園株式会社の原田敢二郎代表が設計した案に基づき、王立植物園の造園技師が日本を訪問して日本庭園を見学・研究しながら施工を進めた。造園にあたっては政府の失業者対策の一環として労働力を確保するところからスタートしたが、折からの円高の影響もあって日本からの資材が高くついたり、実際の工事にあたる労働者が全くの素人であったりしたことなどから相当難航したらしい。石灯篭や石塔を日本から取り寄せ、740トンにも及ぶ石材を西部のクイーンズタウンから運んだりと費用が大きくかさんだが、多くの会社や人々の募金によって工事は遂行された。

王立植物園内の日本庭園
王立植物園内の日本庭園

庭園には、雪を頂いた富士山、滝、太鼓橋、八つ橋、東屋などが配置され、水車はタスマニア特産のヒューオンパインの銘木で造られた。松、竹、もみじ、桜、ツバキ、ツツジ、桂など日本庭園に不可欠の植物も配置良く植えられた。完成した87年の2月、提携10周年記念で訪れた焼津からの訪問団も参加して盛大な開園式が行われた。この日本庭園は現在でもほぼ完璧に維持管理され、広大な植物園の一角で静かで心の安らぐような雰囲気を感じさせる日本的な場所として、毎年の桜の季節には我々地元の日本人が集まって恒例のお花見の会を開催する場所にもなっている。

もう1つ、姉妹都市交流の中での大きな友好の軌跡というのは、提携の前後に日本を訪れたホバート市長がある1人の日本人女性を見初めて、結婚するに至ったという話だ。この話題については次回コラムに譲ることにしたい。


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千々岩 健一郎 プロフィル

1990年からタスマニア在住。1995年より旅行サービス会社AJPRの代表として、タスマニアを日本語で案内する事業の運営を行うとともに、ネイチャー・ガイドとして活躍。2014年代表を離れたがタスマニア案内人を任じて各種のツアーやメディアのコーディネートなどを手がけている。北海道大学農学部出身。

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