ホバート・タウン・ホール/タスマニア再発見

タスマニア再発見
No.104 ホバート・タウン・ホール
文=千々岩健一郎

オーストラリアで2番目に古い街、ホバートの中心部を走っているのがマクワリ通り。この通りに沿って中央郵便局、博物館などの主要な公共の建物が並んでいるが、それらを代表する存在がタウン・ホールだ。

砂岩造りの重厚な建物は1866年に完成。昨年がその記念すべき150周年の年で、盛大なオープン・デーが開催されこの建物にまつわる長い歴史を振り返った。

サリバンズ・コーブに近いこの場所は、入植当時に最初のテントが建てられ、やがて総督邸が設けられて政府の中心的な場所となった。総督邸が現在の場所ドメインに移り、ホバート市が設立されると共に、その場所がタウン・ホールの候補地となった。将来にわたってこの市の象徴的な建物とすべく、1864年の着工までに多くの設計図が検討され、慎重な論議を経て現在のデザインが決定された。

近郊の石切り場から切り出された砂岩を利用し、2年の月日を経て完成した建物は、その外観も重々しく歴史ある州都ホバートの代表的な存在となった。

花の展示会開催中のタウン・ホール講堂
花の展示会開催中のタウン・ホール講堂

同時に内部の造りにもさまざまなエピソードが残されている。

正面玄関を入り、赤いじゅうたんの敷かれた階段を上った2階の講堂(Auditorium)は、市民の誰もが出入りする最も広い公共の部屋だ。まず目に入るのは高い天井に描かれた明るい色彩画と模様。そして吊るされた3つの巨大なシャンデリア。オリジナルはイギリスのバーミンガムの会社が製作したクリスタルが輝くガス仕様の豪華なものだったが、年を経るうちに腐食が進み、20世紀初めに撤去されてしまった。現在の物は80年後の1992年、時の女性市長ドーン・ケネディーの手によって復元された。復元には、保管されていたオリジナルに加え新しく複製されたクリスタルを使って完成した。

更に、この講堂にはすばらしいパイプ・オルガンがある。このオルガンは建物の完成から数年遅れた1870年に設置され、同時に専門のオルガン奏者が任命されて、ホバート市民の文化活動の拠点として親しまれるようになった。現在あるパイプ・オルガンは3代目。最初のオルガンを製作したロンドンの会社が1967年に導入・設置して現在に至る。

この講堂では、完成直後から現在まで継続して行われている恒例の催事がある。1868年の1月、最初のフラワー・ショー(季節の花の展示会)が開催されたのだが、同様の展示会は現在でも年に数回、水仙、バラ、菊、グラジオラスなど、花の季節の到来とともに開催されている。


タスマニア再発見

 

千々岩 健一郎 プロフィル

1990年からタスマニア在住。1995年より旅行サービス会社AJPRの代表として、タスマニアを日本語で案内する事業の運営を行うとともに、ネイチャー・ガイドとして活躍。2014年代表を離れたがタスマニア案内人を任じて各種のツアーやメディアのコーディネートなどを手がけている。北海道大学農学部出身。

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