ペニテンシャリー・チャペル/タスマニア再発見

タスマニア再発見
No.106 ペニテンシャリー・チャペル
文=千々岩健一郎

前回のシアター・ロイヤルから程近くキャンベル通りとブリスベン通りの角にペニテンシャリー・チャペル(監獄礼拝堂)がある。日本からの旅行者にはあまり関心を持たれない地味な存在だが、ホバートの歴史の中では長く続いた稀有(けう)な施設だ。正式名称は「The Penitentiary Chapel Historic Site」。

施設のスタートは1821年に造られた囚人収容所。流刑制度の下、イギリス本国から送られてくる囚人の一時的な滞在を目的にしたもので、当初は300人、27年ごろまでには640人の規模まで拡大し、31年に教会が併設された。名前の由来は、刑務所に付随した礼拝堂のある施設だと理解していたのだが、どうもそれだけではないようだ。

ペニテンシャリー・チャペル(監獄礼拝堂)
ペニテンシャリー・チャペル(監獄礼拝堂)

教会はタスマニアの名だたる建築物を設計したジョン・リー・アーチャーの手によるものだが、急拡大するホバート・タウンの2つ目の教会として、かつ独房棟の増設という2つのニーズに沿ったものとして設計された。礼拝堂は総勢1,500人がミサを受ける規模であったが、一般市民が外から直接入ることの出来る入り口を持ち、同時に礼拝堂の階段状の座席の床下に独房を36部屋設けるという特殊な構造になっていたのだ。

囚人収容所は57年流刑制度の終了と共にその役割を終え、以降63年までホバートの裁判所兼刑務所として使用されることになる。この礼拝堂部分は裁判所の法廷として使用されたため、部屋の造りが大幅に変更されたが、閉鎖と共にオリジナルの構造が分かるように部分的に復元された。現在、ナショナル・トラストの指定を受けたこの施設は、入植時代から162年の長きにわたって囚人の更生を図る所として使用されたことになる。

平日は1日4回(水曜休み)、週末は2回行われるガイド・ツアーに参加すれば内部を見学することが出来る。見所は、まず上に述べた礼拝堂の部分であるが、同時に囚人を移動させるのに使った地下道や、一時的に行われていた絞首刑を行う部屋がある。それは死刑制度が廃止される前のおよそ100年間に32人の執行が行われたという場所で、このツアーの中では最も関心の高い場所かもしれない。

その他、教会塔には北側と南側の両方に文字盤を持つ時計が設置されているが、これは1828年にロンドンで造られた6個のうちの1つ。1985年にメーカーの手によって修理が行われ、現在も動いている。


タスマニア再発見

 

千々岩 健一郎 プロフィル

1990年からタスマニア在住。1995年より旅行サービス会社AJPRの代表として、タスマニアを日本語で案内する事業の運営を行うとともに、ネイチャー・ガイドとして活躍。2014年代表を離れたがタスマニア案内人を任じて各種のツアーやメディアのコーディネートなどを手がけている。北海道大学農学部出身。

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