No.58 長老杉の森 キングビリー・トラック

タスマニア再発見
キングビリー・パインの老木

タスマニア再発見

No.58 長老杉の森 キングビリー・トラック

文=千々岩健一郎

「パイン」というと日本の方は松の木のことと思われるようだが、当地では普通、針葉樹のことを意味する。今回のテーマはキングビリー・パイン。杉の仲間である。

タスマニアで最も人気の高い宿泊施設クレイドル・マウンテン・ロッジの裏山に、キングビリー・トラックと名付けられた素晴らしい森歩きの散策路がある。1周1時間弱のよく整備された木道のコースで、1歩立ち入るとそこは暗く湿った深い森—冷温帯の降雨林だ。

レインフォレストでもステージの進んだ森で、潅木(かんぼく)は少なく瘤(こぶ)の無数に付いた常緑南極ブナ(マートル・ビーチ)の老木とその倒木が苔むした姿で存在する神秘的な場所だ。この年老いた南極ブナもいいけれど、この森の見所は樹齢1,500年以上と言われるキングビリー・パイン。森の入り口部分にはこの木は存在せず、トラックを上り詰めた標高の高い所から出現する。標高600メートル以上、かつ湿り気の多い南向き斜面の森や渓谷沿いにのみ存在している。そう、キングビリー・パインは今やタスマニアでも雨の多い西部の標高の高いレインフォレストの中にしか生き残っていない貴重なゴンドワナ起源の植物なのだ。

杉の古木と言えば屋久島だが、縄文杉は何時間もかけて山登りをしないと到達できない所にあるのに、このタスマニアではわずか30分ほど歩いただけで同様の大木に出会うことができる。

腐りにくい性質のため、タスマニアの銘木ヒューオン・パインと同様に、かつては船を建造する材料として使われた。クレイドルの国立公園の父と言われるグスタフ・ウエインドルファーが造ったワルドハイムの山小屋や、今でもダブ湖の湖畔に残るボート小屋などもこの木で造られた。国立公園を縦走するオーバーランドの木道やスノーポールもこの木で作られていたが、さすがに最近はスチールや防腐処理を施した松材に取って代わられている。

国立公園局では、この交換費用に充てるために地衣類の張り付いた古いポールを販売し、私自身も思わず購入して家の中に飾ってある。成長が遅いため、いったん山火事に遭うと復活するのはまず不可能に近い。今やこのキングビリーは「オーストラリアの危機に瀕する植物リスト」の1つに掲載されている。

クレイドル訪問の折には、忘れずこのトラックを歩いて、この長老格のキングビリーに出会ってほしい。幻想的な森で生き残る長老杉の精気をもらえば、長生きできること請け合いだ。


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千々岩 健一郎 プロフィル

タスマニア在住21年。1995年より旅行サービス会社AJPRの代表として、タスマニアを日本語で案内する同社の運営を行なうとともに、ネイチャー・ガイドとして活躍。特に植物関係の造詣が深く、その専門知識をもとに各種の自然観察ツアーやメディアのコーディネートなどを手がけている。北海道大学農学部出身。

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