No.72 グリム岬(その2)ウールノース

タスマニア再発見
ウールノースの看板

タスマニア再発見

No.72 グリム岬(その2)ウールノース

文=千々岩健一郎

タスマニアの北西端の町スミストンから215号線の一本道を西に約25キロ走ったところに、「Van Diemen’s Land Co. Woolnorth」と書かれた古い木の大きな看板がある。設立当時の古びた牧舎のあるグリム岬まではさらにここから同じぐらいの距離を走らなければならない。

途中は人家もなく、ただひと筋の牧場の中の道をひたすら走るのみ。すなわち、ウールノースの牧場はこれほどに大きな面積を占める場所なのだ。

実は、この牧場を所有するヴァンディーメンズランド(VDL)社はタスマニアで最も古い歴史を有する由緒ある会社である。由緒あるという意味は、入植直後の1825年、タスマニアがタスマニアになるずっと以前、英国の羊毛事業開拓者11人によって設立された会社に対して35万ヘクタールの広大な土地が王室から直接に付与されてできたものであるという理由による。時の英国の王、ジョージ4世が署名した羊皮紙で作成された証書は、現在ホバートの国立文書局の特別室に保管されており、その骨董的価値は100万ドル以上と言われているらしい。今では、NZ資本の会社によって所有されているが、設立後200年近い歴史を持って今なお活動している会社というわけなのだ。

この地域は南西の風に乗ってやってくる豊かな雨に恵まれて年間を通じて牧草の豊かな地域である。羊毛に代わって、この豊かな牧草を利用する酪農が現在のこの牧場の中心の仕事だ。飼育されている乳牛がなんと1万9,000頭もあり、それらから牛乳を搾る搾乳施設が13カ所、更新用に育成されている若雌牛が常時1万頭と、そのスケールは尋常ではない。世界一クリーンな雨水で育った牧草を食べて生産された牛乳は、さまざまな乳製品に加工されて世界中に輸出されている。

最後に、DFTDという伝染性のガンの流行によって絶滅の危機に瀕しているタスマニア・デビルの話に触れておこう。タスマニア全域にその脅威を広げているDFTDだが、北西端のこの遠隔地だけはその病気の侵入から免れている。つまりこの広大なウールノースの牧場敷地内には、健全なデビルたちのみがまだ多数生息しているというわけだ。現在、VDL社とタスマニア州国立公園局が一緒になって、このエリアとの境界にフェンスを設けたり、定期的に捕獲して調査するなどのデビル保護活動を行っている。夜間、このウールノースにつながる一本道をドライブする場合は、道路に出てくるデビルを車で轢いてしまわないよう十分気を付けてほしい。


タスマニア再発見

 

千々岩 健一郎 プロフィル

1990年からタスマニア在住。1995年より旅行サービス会社AJPRの代表として、タスマニアを日本語で案内する事業の運営を行うとともに、ネイチャー・ガイドとして活躍。2014年代表を離れたがタスマニア案内人を任じて各種のツアーやメディアのコーディネートなどを手がけている。北海道大学農学部出身。

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