タスマニア「コール・マイン囚人史跡」

タスマニア再発見
コール・マイン囚人史跡(Coal Mines Historic Site)の刑務所棟

タスマニア再発見

No.80 コール・マイン囚人史跡

文=千々岩健一郎

ホバート南東部の孤島のようなタスマン半島に、ポート・アーサーの監獄が設置されたのは1833年。時を同じくして、この半島の北西部に石炭の鉱床が発見された。炭鉱が開設されたのは穏やかなノーフォーク・ベイに面した場所で、堀り出された石炭はこの入り江に突き出した埠頭から船で運び出されることになった。

当時の石炭採掘の労働力はもちろん囚人たちであった。当初は地表に近い鉱床を露天掘りで掘っていたが、規模の拡大に伴い深い縦坑を作り掘り下げていくことになった。多いときには、囚人のほか兵士や役人とその家族を含めて500人以上の人々がこの地に滞在し、縦坑も100メートル近い深さに達した。それとともに、労働環境は苛酷で厳しいものになったようである。

この当時の囚人を管理するシステムは、懲罰と宗教的な教育を通じて矯正を図るというのが基本。懲罰は、独房に入れたり鞭打ちをしたりというようなことが行われていたが、地下深い暗く湿った坑道内での厳しい労働もそれと同等のものであっただろう。1946年ごろ、この辺りはモラルに欠けたきわめて醜悪な地域であったとの記録があり、それから2年後の48年に政府はこの場所を手放すことになった。その後は民間の会社によって運営が続けられたが、77年に最終的に閉鎖となった。

この炭鉱跡囚人史跡(Coal Mines Historic Site)は2007年に国立文化遺産に、さらに10年にはポート・アーサーとともに囚人史跡として世界遺産の指定を受けた。

場所はホバートから車で1時間半、9号線のハイウェイを南下し、タスマン半島のタランナを過ぎてから右折、さらに15キロほど北東に進んだ地点にある。面積350ヘクタールの広大な敷地の中に、独房のある砂岩作りの刑務所棟や、ホバートとポート・アーサーをつなぐ腕木通信を行った丘、縦坑、船着場、鉄道の引かれていた痕跡などが残り、約1時間半をかけて歩いて回る周遊コースが作られている。年間30万人が訪れるポート・アーサーと異なり、訪問者数のずっと少ないこの場所は改修の手がほとんど入っていない。崩れかけた煉瓦や砂岩の建物がそのまま残されており、それだけに孤立したような独特の雰囲気を感じることができる。


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千々岩 健一郎 プロフィル

1990年からタスマニア在住。1995年より旅行サービス会社AJPRの代表として、タスマニアを日本語で案内する事業の運営を行うとともに、ネイチャー・ガイドとして活躍。2014年代表を離れたがタスマニア案内人を任じて各種のツアーやメディアのコーディネートなどを手がけている。北海道大学農学部出身。

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