日本酒流行の秘密に迫る

ワイン感覚でSakeを楽しむ

ワイン感覚でSakeを楽しむ

日本酒流行の秘密に迫る

 オーストラリアの美食家の間でここ数年、日本の「Sake」が急速に浸透してきている。シドニーやメルボルンなど都市部の富裕層向けの料理店ではワイン感覚の醸造酒として銘酒が飲める所が増え、日本酒をテーマにした現代的な日本料理の店も高い評価を得ている。美味しい日本酒の需要が、日本料理店だけではなく西洋系の高級店にも拡大してきたのだ。食中酒といえばワイン一辺倒だったファイン・ダイニング(美食)のシーンに何が起きているのか。
(ジャーナリスト:守屋太郎)

豪州人は味を分かって飲んでいる
 日本酒人気は、オーストラリアを代表する料理人として知られる和久田哲也さん(シドニーにある「テツヤズ」オーナー・シェフ)の功績によるところも大きい。早くから日本の伝統的な酒蔵の銘酒をオーストラリアに紹介してきた。会席料理風の十数品からなるフレンチ・ジャパニーズのコース料理に日本酒を導入したり、日本の酒蔵から人を招いて試飲会を開くなどした。その活動が高く評価され、2007年には日本酒造青年協議会から「酒サムライ」の称号を叙任されている。
 しかし、オーストラリアに来てから初めて日本酒の良さが分かるようになったというから意外だ。
「実は日本にいたころは下戸だったんですよ。こちらに来てから飲むようになったんですが、初めのころはパブでシャンディー(ビールをレモネードで割った飲み物)を注文していたものです。日本酒の本当の美味しさを知ったのは、雁屋哲さん(漫画『美味しんぼ』原作者。1980年代にシドニー移住)にご馳走になったのがきっかけでした」と和久田さんは打ち明ける。
 現在では、「玉乃光」(京都市)、「櫻正宗」(神戸市)、「郷乃譽」(茨城県笠間市)、「満寿泉」(富山市)、「天狗舞」(石川県白山市)といった一流の地酒を日本から空輸し、ワインとともにコース・メニューの一部に取り入れている。ブランドを指定してボトルで注文するコアな顧客もいるというから、浸透ぶりがうかがえる。
 一升瓶ではなく、ワインと同じ720ミリリットルのボトルにテツヤズ専用のラベルを貼って出荷してもらっている銘柄もある。日本酒専用の冷蔵庫を設置して品質管理も徹底している。
 日本酒の魅力は、ワインと同様にさまざまな料理に合わせて楽しめる点だという。
「オーストラリア人のお客様は、ワインの感覚で日本酒を召し上がっていますね。(一時的な)ブームではなく、味を分かって飲んでいただいています。(ここ数年で)あまりにも急に人気が広がったので驚いていますが、これまでの取り組みが実を結んだのかなとうれしく思っています」
東西の文化融合、食事に合う利点も
 シドニー市内ロックスにある「サケ・レストラン・アンド・バー」。植民地時代の歴史的建造物を1軒まるごと改装、日本酒をテーマにしたモダン・ジャパニーズの料理店として09年にオープン した。レストラン批評本「シドニー・モーニング・ヘラルド・グッド・フード・ガイド」の10年版では、初登場で1ハット(ハットはシェフの帽子で「星」に相当。最高は3ハット)の高評価を獲得した。
 料理場を仕切るのはエクゼクティブ・シェフ(総料理長)のショーン・プレスランドさん。QLD州出身の生粋のオーストラリア人寿司職人だ。
 ゴールドコーストに日本人観光客があふれているのを見て日本の文化に興味を持ち、93年、大学卒業後に渡日した。初めから寿司職人を目指していたわけではなかったが、山形県の老舗旅館の厨房で2年間修行した。帰国後、シドニーの旧ANAホテル(現シャングリラ)にあった高級日本料理店「雲海」で日本人寿司職人に師事。00年には同市内にある現代的な寿司店「スシ・イー」開店にも関わるなどした。
 ドイツ・ビールをテーマにしたレストラン「バーバリアン・ビア・カフェ」などを展開するオーナーのジョン・スザンゴリスさんの目にとまり、新しい日本酒レストランの総料理長に抜擢された。
 同店が提供している日本酒は、1702年創業の中島醸造(岐阜県瑞浪市)が造る「小左衛門」。自ら日本に行って買い付けてきたこだわりの銘柄だ。
「日本酒はたくさん飲んでいましたが、本当に美味しいと思う日本酒に出会ったのは2年前。レストランで出す日本酒を日本で探していた時に小左衛門と出会い、『今までに飲んだものと全く違う』と衝撃を受けました」とプレスランドさんは話す。
 日豪で修業と経験を積んだ寿司職人の目には、日本酒の流行はどう映っているのだろう。
「世界が確実に狭くなっているんだと思います。オーストラリアはもはやアジアの一部ですし、食文化の境目がなくなってきています。日本酒は食事との相性が幅広いという利点も、西洋圏で人気が拡大している理由でしょう」
 同店に関わる直前には、世界の最先端のレストラン・シーンに肌で触れる経験もした。欧米などで富裕層向けの日本料理店「ノブ」を展開する松久信幸さんに見初められ、バハマの「ノブ・アトランティス」のオープニングに携わったのだ。
「米国でも英国でも、日本酒や焼酎は人気が出ています。オーストラリアが世界に追いついてきているのでしょう。オーストラリアの日本酒需要はさらに伸びると見ています。本当に美味しい日本酒が手に入るようになってきていますから」
 12月初旬にはブリスベンのイーグル・ストリート・ピアに2店目をオープンする。
 新店舗のヘッド・シェフ(料理長)に起用したのは、QLD州ヌーサの高級日本料理店「ワサビ」で料理長を務めていた前田伸一さん。日本で4年間、寿司職人として修業した後03年に来豪、弱冠24歳で料理長として同店の立ち上げから関わった。
「7年前と比較すると、お客さんの認識がずいぶん変わりました。当時は刺し身や寿司を『生じゃないか』とクレームする人もいました。日本食といっても興味本位で食べてみるという人が多かったんで す」と前田さんは振り返る。
 ところが、最近ではマグロの刺し身でも部位の違いが分かる人もいる。日本酒に関しても、以前は何でも熱燗で、テキーラのように一気に飲む人が多かったそうだが、今では純米、大吟醸、山廃とさまざまな種類について知識が豊富な客がいる。「日本酒の楽しみ方を提案して、お客さんとともに私たちも育ってきました」という。
タパス、イザカヤ…食のスタイル自由に
 ワインと同じ感覚で料理と一緒に楽しめる食中酒の選択肢として、高級店を中心に品質の高い日本酒が普及しているわけだが、その背景にはオーストラリア人の食文化が急速に変化していることもあるようだ。

ワイン感覚でSakeを楽しむ
(Photo: William Meppem)

 シドニー東部郊外ローズ・ベイの海辺にある料理店「カタリーナ」。イタリアンやフレンチのエッセンスを採り入れた現代料理が主体のメニューには、「キスの薄作り」や「カキの天ぷら」といった和風の品もある。ワイン・リストには「東洋美人」(山口県萩市)や「松の司」(滋賀県蒲生郡)などの地酒も並んでいる。
「できるだけ種類の多い前菜を酒を飲みながら皆で少しずつ、シェアして(分けて)食べたい」と記者が言うと、給仕人の女性はしばらく料理長と相談した上で、キスの薄作りや生ガキのぽん酢和え、ワタリガニのパスタなど6種類の前菜を組み合わせた即席のコース・メニューを提案してくれた。1品ずつちょうどいいペースで出してくれ、各皿に取り分けてくれる。こうした高級店でも、前菜、主菜、デザートという3コースの枠を超えた注文に対応できるようになっているのだ。
 一方、前述のサケ・レストラン・アンド・バー。平日の夕方、寿司カウンターでは若いカップルがワイン・グラスに注がれた日本酒を飲みながら刺し身をつまんでいる。出張中の中年ビジネスマンもカウンター席に1人で腰をかけ、「タイの薄作りの柚子ソース和え」と「鳥のから揚げ」を肴に1杯やっている。この客は「数週間前に取引先に連れてきてもらったんですが、気に入ったのでまた来ました。地元のパースにもこんな店ができてほしい」と話す。
 いずれも、3コースの本格的な食事というわけではなく、日本式に小皿料理を肴に飲んでいる。
 オーストラリアでは従来、レストランはワインを飲みながら前菜、主菜、デザートと本格的な食事をする所、パブは主にビールを飲む所、というのが定石だった。だが、スペインの小皿料理タパスや日本の居酒屋のように、酒を飲みながら小皿を数多く注文したり、大皿をシェアしたりといった自由なスタイルが広まりつつある。そんな食文化の変化が日本酒を受け入れる素地ともなっているようだ。
 プレスランドさんはこう指摘する。「10年前なら、自分が注文した料理を自分だけで食べるのが当たり前でした。でも今はタパスやイザカヤみたいに、7つや8つの皿をみんなでシェアして楽しむのも一般的になっています。私たちが狙っているのは、まさにそこなんです。満腹にならずに、酒と一緒に1度にいろんな料理が味わえるのは素晴らしいことでしょう。日本酒はそうしたスタイルに合う酒なんです」
 和久田さんも食に対するオーストラリア人の意識の変化を感じ取っている。「以前は知らない料理を食べようとしない人が多かったのですが、今では逆に、常に新しいものを求めています。そうした冒険的な姿勢から今のオーストラリア料理が生まれたのではないでしょうか」
 海外に出て行く人が増えると、外で経験した食べ物を国に帰っても食べたいという欲求も出てくる。「スペインのタパス、会席料理だけではなく日本の料理もそう。日本では3品だけ注文する人はまずいなくて、いろんなものを同時にいただきますよね」と和久田さん。少ない量でたくさんの種類の料理を楽しむ食文化。それはオーストラリアだけではなく世界的な潮流なのだという。
海外に活路、ワインの次に日本酒が来る
 日本酒造組合中央会によると、09年の清酒輸出量は1万1,949キロリットルと10年前の99年と比較して64.2%伸びた。 オーストラリア向けも153キロリットルと99年比で61%増加した。 国・地域別では13位と全体から見ると少ないが、人口1人当たりで見ると、食文化が似ている英語圏の中ではカナダ、米国に次いで3番目に多い。06年まではおおむね70?90キロリットルの間を行き来していたが、ここ3、4年の伸びが著しい。
 日本酒輸出が拡大している背景について、同中央会の輸出アドバイザー、小桧山俊介さんに聞いた。
「ほぼ西洋圏全般に言えることですが、10年ほど前までは海外市場の日本酒需要の中心は日本人の観光客と駐在員で、ごく稀に西洋人の親日家が飲む程度でした。オーストラリアも日本人向けがほとんどでした」と小桧山さんは指摘する。
 ところが、昔は日本酒と言えば熱燗だったのが、アロマ(芳香)があって白ワインのように冷やしてグラスで飲める吟醸酒が出てきて、西洋料理との親和性が高い食中酒として新たな需要が生まれた。
 特にここ7?8年で状況は大きく変わったそうだ。1つには、日本酒造りに携わる在日欧米人が日本酒に関する情報をインターネットを通して英語で発信するなど日本酒に関する啓蒙が進み、日本酒が受け入れられるようになった。2つ目に、海外のレストラン業界がワインに代わる新しい「タマ」を欲しがっていた。各国で蒸留酒の消費が落ちている中で、目新しい醸造酒として日本酒に着眼した。3つ目には、日本食の普及のほか、料理に国境がなくなっているということも、海外で日本酒の人気が出た要因として考えられるという。東洋と西洋が混在したフュージョン料理が主流となっており、特にシーフードなど繊細な料理と日本酒の相性が良いとしている。
 海外で日本酒の人気が出る素地として、まずこれら3つの「プル」(需要側)の条件があった。その一方で、国内の酒造業界が抱える「プッシュ」(供給側)の事情もあったそうだ。
「実は日本国内の日本酒需要は最盛期の約3分の1にまで減っていて、酒造業者は海外に活路を求めています。そこで需要側と供給側の条件が合致して、日本酒の海外輸出が伸びているという構図です」
 08年の清酒の国内消費量は63万1,000キロリット ルと98年比で4割減少した。最盛期の1975年(167万5,000キロリットル)と比較すると実に37.7%の水準まで落ち込んでいる。なぜ日本人は日本酒を飲まなくなったのか。
「アルコール離れが一番大きいと思います。これは何も日本に限ったことではなくて、どの国でもほぼ見られる現象です。端的に言えば、昔は酔っ払うことくらいしか楽しみがなかったのが、今はレジャーが多様化して、人々が世界的に酔っ払うことを嫌がり始めているんです」
 加えて、酒の嗜好が多様化して、海外からさまざまな酒が入ってくるようになった。国内で従来最も売れていた酒のシェアが相対的に下がるというのも、各国に共通した傾向だという。まさに日本酒がその例に当てはまるし、オーストラアでビールの1人当たり消費量が減少していることも説明がつく。
 海外での日本酒需要は今後も拡大すると小桧山さんは見ている。国内消費量に対する輸出量の割合は、依然として1.6%と非常に少ない。これに対して、フランスやイタリアはワインの30%以上を輸出しているという。
「日本政府は農水産品・食品の海外市場開拓に力を入れています。中でも、日本酒は時間が経っても腐りませんし、比較的通関が容易で、元来輸出に適した商品なんです。食事との相性が良い醸造酒として、ワインの次に来るのは日本酒しかないと見ています。まだまだ伸びしろは大きいでしょう」
 課題は、主戦場となる輸出先で全国的な販路に乗せられるかどうか。最大の輸出市場である米国でも、日本酒が認知されているのは主に日系業者が輸入するニューヨークやロサンゼルスといった大都市に限定され、これまでは需要の小さい地方には流通していなかったという。だが、地場の大手卸売業者を通して販売できるようになれば「数%のシェアを獲得しただけでも、莫大な輸出拡大につながる」と期待している。
 オーストラリアにも同じことが言える。日本酒ブームの舞台は、都市部にある富裕層向けの高級レストランであり、酒類全体から見るとニッチな市場。地場の卸売業者や大手酒類量販店の品ぞろえは限られている。ハイエンド市場での流行をいかにボリューム・ゾーンに波及できるか。そこが本格的な日本酒普及のカギとなりそうだ。


ワイン感覚でSakeを楽しむ
「テツヤズ」2階の専用キッチンで日本酒の魅力を語る和久田哲也さん。「日本酒は製法からしてアート。日本の文化です」と語る(Photo: Taro Moriya)
ワイン感覚でSakeを楽しむ
「サケ・レストラン・アンド・バー」の総料理長を務めるショーン・プレスランドさん。約18年前の渡日が寿司職人としての人生の始まりだった(Photo: William Meppem)
ワイン感覚でSakeを楽しむ
「サケ・レストラン・アンド・バー」ブリスベン店の料理長、前田伸一さん。「日本食や日本酒の知識が少ない人にも敷居が低く、気軽に来てもらえる店にしたいですね」と抱負を語る(Photo: William Meppem)

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