第6回 Bilson’s Restaurant オーナー・シェフ トニー・ビルソンさん

食の仕事人に聞く 私が考える究極の料理
食の仕事人に聞く 私が考える究極の料理
芸術賞「アーチボルド賞」に肖像画が出展された

第6回

Bilson’s Restaurant オーナー・シェフ
トニー・ビルソンさん




料理は音楽に例えられる
   ソリストよりも指揮者でありたい



「オーストラリア料理の父」として知られるトニー・ビルソンさんは、40年を超えるキャリアの中 で、自身が愛するフランス料理の風味と日本料理の調理法の融合をはかりながら、オーストラリア のレストラン産業の歴史を塗り替えてきた、世界有数のトップ・シェフだ。シェフとのコミュニケー ションを通じて新たな味を追求し続け、世界のシェフ同士のネットワーキングや若手シェフの育成に も努めるなど、多忙を極めるビルソンさんが今回、可能な限りの時間をかけて丁寧にインタビューに 応じてくれた。その言葉をより忠実に伝えるために、スペシャル版として問答形式でお届けしたい。

世界で最高のレストランを目指して

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「キュイジーヌ・ナウ」ゲストの和久田哲也氏、フランス人シェフのミッシェル・ルー氏とともに

――ビルソンさんは、オーストラリアのトッ プ・シェフの1人として、モダン・オーストラリ ア料理というジャンルを築き上げてこられまし た。
  モダン・オーストラリア料理は過去30年にわ たり、この国のワイン産業の成長と、技術の進 歩とともに発展してきました。その軌跡には、 多文化社会が成長を遂げてきたこと、私自身が 日本料理とフランス料理に関心を寄せているこ と、そして料理の風味とオーストラリア産ワイ ンとの相性などが反映されていると思います。
――トップ・シェフであり続けるために、どの ような努力を重ねてこられましたか。
  シェフのキャリアには、見習いから指導者的 な立場まで、さまざまな成長の段階がありま す。私自身は、スター的な存在になることより も、皆がクリエイティブなチームの一員として 働けるような文化を築くことに努めてきまし た。音楽に例えると、ソリストよりも指揮者の 役割ですね。若いシェフはたいてい、上の世代 とは異なる新しいアイデアを持っていますか ら、彼らと一緒に働くことで、料理の世界で受 け継がれてきたことと変化していくことを互い に学び合い、ともに成長してきたと思います。 「トップであり続ける」というより、ただ自分 のベストを尽くして道を進んでいるだけです。
――過去に立ち上げられた「Berowra Waters Restaurant」や「Bilson’s at Overseas Terminal」 「Ampersand」などのレストランはいずれも 有名店になりましたが、成功の秘訣はどこに あったと思われますか。現在のご活躍につな がっている、当時のご経験についてお聞かせ ください。

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乾燥熟成させたブラック・アンガスのストリップロイン

まず第一に、優れたレストランを生み出す ためには、新しいものを創造できるデザイン・ チームを作り、世界の高級レストランの進化 を常に意識しておく必要があります。変化は いつでも起こり得るものですが、自然発生す るわけではありません。皆がアイデアを交換し、互いの経験を共有することによって生ま れるのです。
 また、近年では技術の進歩とともに、全く新 しいサービスやダイニング空間の提供も可能に なってきました。例えば照明は、卓上のキャン ドルから、雰囲気や外部照明、時刻などをコン ピュータで細かく設定できる照明プログラムへ と進化しています。
 以上の2点をふまえた上で、「Berowra Waters」、「Bilson’s at the Overseas Terminal」、そして「Ampersand」は、それ ぞれ最高のチームで、技術の進歩を象徴するよ うな仕事をしてきました。
 「Berowra Waters」は、建築家グレン・マー カット氏の初期の作品ですが、彼のような素晴 しい才能の持ち主と建築物の創造に携わること ができたのは、私にとっても人生を変えるよう な経験でした。
 「Bilson’s」の設計時には、まず「Berowra」 を訪れたゲストの意見を分析しました。そし て、建築家ジョージ・フリードマン氏の力を借 りて、分析結果を「Blison’s at the Overseas TerminalとBlison’s Restaurant」に反映させた のです。
 「Ampersand」では、全く新しい技術を導入 しました。移動可能な設備と、天井で統合され た排気システム、エポキシ樹脂加工の床を備え たキッチンを初めて実現したのです。そして、 下準備などは、別の場所に設けたキッチンで行 いました。真空調理法と急速冷却法という最新 技術を導入した、特別な設計です。今や世界中 で用いられている低温調理法に関わる技術を、 私たちは数多く開発してきたのです。
 これらの事業はいずれもレストランでした が、当時は5つ星ホテル以外では考えられな かったような、巨額の資本投資を必要としまし た。目標はもちろん、世界で最高のレストラン の1つになることであり、また世界のトップ・ シェフに働いてみたいと思ってもらえるような 店を目指していたのです。

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クリスタル・ベイ・プローンの刺し身とポーク・ネックの蒸し煮
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ルバーブにジンジャー・カスタードとラズベリーをアレンジ

――「Bilson’s」では、どのようなダイニング 体験ができるのでしょうか。
 ダイニング体験は、ゲスト1人ひとり によって異なります。過去に来店された ゲストには、フランスの有名シェフ、 ポール・ボキューズ氏から、スペイン国 王、12歳の男子学生まで、さまざまな方 がいます。
 フランスの有名シェフ、故アラン・ チャペル氏は、ゲストが期待しているこ とを把握するために、エントランスでゲ スト1人ひとりに挨拶していましたが、 「Bilson’s」の接客担当チームも、各ゲ ストのニーズと期待に敏感であることを 常に心がけています。例えば、ゲストか らお薦めのワインを尋ねられた際には、 3つの異なる価格帯から選んでいただけ るようにしています。
 ダイニング体験は、音楽に例えられる かもしれません。すべてにフィナーレが なくてはならない。ただその曲は軽快で 楽しいものかもしれないし、より重厚な ものかもしれない。私たちはゲストが求 めるものを、彼らの雰囲気から汲み取る ように努めているのです。
変わり続けるオーストラリアの 料理文化
――ビルソンさんのもとで経験を積んだ シェフの中には、後に大きな成功を収め た方々もいます。「Tetsuya’s」のオー ナー・シェフ、和久田哲也氏もその1人 ですが、当時、哲也さんが今のように成 功されると思われましたか?
  いいえ、若く経験の浅いシェフがど こまで伸びるかは、全くの未知数なの です。彼自身も、その後どれほどの成 功を収めることになるのか、予想もし ていなかったと思います。私は、若い 人たちの熱意の高さや価値観、感受性 をよく見極めるよう努めてきました。 哲也さんは確かに、それらの要素を兼 ね備えていたのです。芸術性のみに固 執するような人にとっては、私たちのもとで働くことは間違った選択かもし れません。

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2010年に再版されたビルソンさんの料理本

――最近のシドニーのレストラン事情 は、どのように変化しているとお考えで すか。例えば、シドニー・モーニング・ヘラ ルドの「グッド・フード・ガイド」誌で、 「Tetsuya’s」は3ハットから2ハットにな りましたが。
シェフは批評にまで責任を持つものでは ありません。「Tetsuya’s」について書い た批評家は大きな間違いを犯したと思って いますし、その論理も理解できません。最 高のレストランになるために、なぜテーブ ル・クロスがあってはいけないと言うので しょうか。確かに、3ハットを獲得するた めには銀食器が必要といった時代は過ぎま したが、ダイニング体験の質は重要だと思 うのです。素晴らしいディナーには、ある 程度のフォーマル感が不可欠です。それは 威圧感でも気取ることでもなく、ゲストの 満足度を高めるために欠かせない要素なの です。レストランにフォーマル感は不要で あると批評家が主張するのは、芸術家に向 かって使うべき色を指示するのと同じくら い的外れな指摘だと思います。
――オーストラリアの料理は今、世界で はどの辺りのレベルにいるのでしょうか。
  オーストラリア人は旅行する頻度も高 く、新しいアイデアに対してオープンで、 文化面での柔軟性が高いので、世界でも有 数のハイレベルな料理文化を持った国と言 えるでしょう。過去50年間にわたって培 われた国内のワイン文化も、料理文化に貢 献しています。ただ、日本のように、伝統 的な調理法や作法を受け継ぐ料亭も存在す る深いバックグラウンドと比べれば、まだ 発展途上にあり、その状態は今後も続くで しょう。私たちは進化を続ける段階にいる のです。
 オーストラリア料理のトップ・レベルに おいて、日本料理とフランス料理の影響か最も大きいのはとても嬉しいことです。私 たちは世界各地の素晴らしい料理を楽しん でいますが、真の影響力を持つものは多く なく、せいぜい10種類くらいだと思って います。
 最後に、わが国では都市部以外の各地の レストランも成長しており、今や全国のワ イン産地で素晴らしい食事を楽しめるとい う点にも触れておきたいと思います。これ は一時的な発展ではなく、さらなる進歩が 期待できます。

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ラディッシュとブドウを添えたスパナー・クラブ
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ラズベリーとバラの花びらが美しいデザート

日仏の料理文化を融合させる
――ビルソンさんのご専門はフランス料 理ですが、ご自身の料理のスタイルをどの ように表現されますか。
  メニューによってそれぞれ異なります が、いずれも私自身の経験から生まれたも ので、地元の食材の風味が特徴です。フラ ンス料理をベースにしていながらも、オー ストラリアのワインと食材の風味はフラン スのものよりコクがあるので、それが私の 料理にも反映されています。
――ビルソンさんにとって、日本と日本 料理はどのようなものですか。
  日本の料理文化からは、フランス料理に 次いで大きな影響を受けています。包丁さ ばきや盛り付けの仕方から懐石料理の哲学 まで、日本料理の技術と技法を、私はこよ なく愛しています。先ほど、ディナーを音 楽に例えましたが、あの例えは懐石料理の 体験から生まれたものです。魚の質感と構 造的な美を魅せるような切り方をはじめと する見事な技と芸術は、私が日本料理に最 も価値を見い出している部分です。
 日本料理の風味にはお酒や緑茶の香り が、フランス料理にはワインの方が合って いると感じます。それゆえ、私はバランス の良い融合の仕方として、日本料理の技術 とフランス料理の風味を掛け合わせること が多いのです。

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オトゥール・デュ・ショコラ

――シェフであることの最大の喜びは。
誰かに喜んでもらえること、そしてわ ずか小さなものでも、その美しさに気付 いてもらえることですね。
――ビルソンさんにとっての“究極の料理” はどのような料理であり、いかにして生 み出すものでしょうか。
 “究極の楽曲”が存在しないように、“究極 の料理”も存在しません。音楽のように、 昔懐かしいものと、驚くような斬新なも のがあるのです。私にとって最も興奮す る瞬間は、パーフェクトだと思える新し い料理を創り出す時です。何かを加える 必要も、取り除く必要もない。これは“禅” の美学なのかもしれませんね。
――料理のほかに関わっている活動や、 今後の活動予定はありますか。
 オーストラリアにおけるモダン料理の 発展を、自伝的な観点からまとめ終えた ところで、2011年末に出版予定です。 私の定番の “Fine Family Cooking” も再版 し、“100 Perfect Dishes” という新しい本 のプロジェクトも始まりました。また、 イースト・アーネムのヨールングの人々 など、さまざまなアボリジニのコミュニ ティーとともに活動し、彼らの文化を学 ぶと同時に、彼らが質の高い製品を市場 で売ることができるようにお手伝いし ています。それから「キュイジーヌ・ナ ウ」。モダン料理と芸術を統合し、シェ フ間の国境を越えたネットワークを作る イベントで、3年目となる2012年に向け て準備を始めています。
いま現在も、オーストラリア国内外で たくさんのプロジェクトに関わっている というビルソンさん。日本を再訪する機 会も心待ちにしているという。今後も彼 の活動とともに、モダン・オーストラリ ア料理は進化と変貌を続けていくに違い ない。


食の仕事人に聞く 私が考える究極の料理
ジョージア様式の窓が豪華なメイン・ダイニング・ルーム

ビルソンズ・レストラン Bilson’s Restaurant
Radisson Plaza Hotel Sydney 27 O’Connell St., Sydney NSW
Web: www.bilsonsrestaurant.com
Tel: 02-8214-0496

Tony Bilson
プロフィル
◎40年以上にわたるキャリアにおいて、「Tony’s Bon Gout 」、「Berowra Waters」、「Bilson’s at Circular Quay」、「Ampersand」など数々のレストランをオープン し、モダン・オーストラリア料理というジャンルを築くとと もに、オーストラリアの食文化の発展に多大な貢献を続けている。2003年にオープンした「Bilson’ Restaurant」は、シド ニー・モーニング・ヘラルド紙の「グッド・フード・ガイド」で 2005年、2006年に2ハットを、2007年からは毎年3ハットを 獲得。世界の有名シェフを招いて開催する食の祭典「Cuisine Now」を2010年から毎年主催し、早くも2012年の開催に向 けて準備を始めている。

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