親にできること−私の場合

Heritage Language 継承日本語教育を考えよう

 

親にできること−私の場合

今後、このコラムでは、継承語として日本語を学んでいる子ども達の具体例を挙げながら、どのような言語環境でどのように日本語を学んできたかをお伝えしたいと思います。まずは、今年Y6になるわが子の例です。これまでの取り組みを振り返ってみて、以下の点が有効だったように思います。

 

継続は力なり

娘が6カ月くらいの時から、Y3くらいまで毎晩欠かさず行っていたことがあります。それは日本語による読み聞かせでした。

最初に赤ちゃん用の絵本で読み聞かせを始めた時は反応がなかったものの、諦めずに続けるうちに少しずつ絵本をじーっと見つめるようになっていきました。出かける際にも絵本を持参して、乗り物の中や待ち時間には絵本を読んで時間を過ごしました。

そのうちに娘はお話を楽しむ姿勢が自然と身に着いたように思います。その後、娘は読書が大好きになり、現在は英語の本だけになりましたが、毎日欠かさず本を読んでいます。また、その効果なのかは分かりませんが、日本語・英語にかかわらず語感(同じ意味でもどちらの方が響きが良いか、よりふさわしい意味か)に敏感になりました。

バイリンガルという認識

娘は幸運にも、幼児期から現在を通じて「英語以外に日本語を話すことができるのは、スゴイことらしい」ということを体験できる機会を得てきました。娘が地元のプレスクールに通っているころ、日本人の駐在家庭のお子さんが入園してきました。その子は日本で生まれ育ったため、入園当初ほとんど英語は話しませんでした。娘は何気なくその子とは日本語で話し、ほかのお友達とは英語で話していたのですが、その状況を見て先生やほかのお友達から、通訳を頼まれるようになりました。

その子の英語はみるみるうちに上達したので、娘の出番はすぐになくなったのですが、その時の経験は「自分が2言語話せることで誰かの役に立った」という前向きな経験として残ったようです。

その後、シュタイナーの小学校に入ってからは、ドイツ人、フランス人の友達もでき、その保護者の方々がしっかりと母国語で子どもたちに話しかけている場面を目にするようになります。そこで「自分は日本語、友達はドイツ語やフランス語を話す人もいる。それは、個性の1つだ」と、さらにバイリンガルであることを前向きに捉える要素が増えました。これは多文化共生社会を推奨しているオーストラリアならではと言えるでしょう。

ハイスクールに進学後、娘がどのように日本語と向き合っていくのかは、分かりません。私としては日本語学習を強要することなく、生活の一部として日本語があり、時々日本の事(文化、食べ物、場所、キャラクターなど)を思い出しながら、彼女の良い個性の1つとして日本人らしさが加わってくれることを願っています。


継承日本語教育を考えよう

JCS教育支援委員会

シドニー日本クラブ(JCS)会長、担当理事、日本語学校代表者により構成され、JCS日本語学校3校の運営支援、継承日本語教育の研究・普及に努めている。日本語スピーチ・コンテストや「継承日本語」に関するワークショップを開催

オークス直美(オークスなおみ)

プロフィル◎2001年よりシドニー在住。2003年よりJCS日本語学校NB校での教師を務める。ルドルフ・シュタイナーの教育理念による幼児教育をシドニーの専門学校で学び、現在、自宅にてシュタイナー思想を取り入れた幼児教室を主宰。JCS教育担当理事

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