HSC日本語コースの問題点とは

HSC日本語コースの問題点とは
不公平制度改善を求める嶋田典子HSCJC代表に聞く

今年4月、NSW州の日系の子どもたちの教育問題に取り組む2団体、日豪教育サポート・グループとHSC(高校修了証)日本語対策委員会(HSCJC)共催によるセミナー「第2回HSC日本語ヘリテージ・ランゲージ(HL)コース説明会」がシドニー市内で開かれた。HL コースはコンティニュアーズ・コースとバックグラウンド・スピーカーズ・コースのレベルの格差を埋めるために今年度より新設されたもの。セミナーではカリキュラム開発やHSCを管轄する NSW州政府機関Board of Studies NSW(以下ボード)からコースに関する発表が行われたが、日系生徒に対するHSC日本語コース選択の際の不公平な実態は、依然として改善されていないことが明らかになった。そこで、シドニーで9月に事態改善を求める署名活動を行う予定のHSCJCの嶋田典子代表に、HSC日本語コースの問題点を明確にすべく、ボードの論点とHSCJCの主張について話を伺った。

−−HSC日本語コースの問題点とHLコース導入に至った経緯ついてご説明ください。

従来の日本語コースは、「ビギナーズ(以下Bコース)」「コンティニュアーズ(以下Cコース)」「バックグラウンド・スピーカーズ(以下BGSコース)」で構成されていました(注:各コースの対象者や履修基準については下表や、HSCJCもしくはボードのウェブサイト参照)。Bコースに関してはヨーロッパ言語も含めた9つの言語にも履修基準が設けられていますので、ここではCコースとHLコースの問題点に絞ります。学校外で日本語に触れる機会のある生徒で、Cコースの履修基準を満たせない一方、BGSコースに必要な日本語能力がない生徒がいたので、それらの生徒を対象とするコースとしてボードはHLコースを開発しました。HLコースは少数の生徒には受講可能なコースですが、依然として履修条件が存在しているため、すべての生徒が自分の勉強したいレベルで日本語を受講できるわけではありません。日系でもHLコースが難しすぎる生徒は多数存在します。HSCJCは、アジア4言語(日、中、韓、インドネシア)以外の言語Cコースやほかの科目と同様、生徒が勉強したい科目を勉強したいレベルで受講できるよう、履修条件の廃止を以前より求めています。

■HSC日本語コース履修基準(HSC日本語対策委員会による仮訳)

Beginners 中等教育で受けた日本語の授業が100時間以内。日本語に関する知識は全くないかほとんどない。3カ月以上のホームステイなど日本での実質的な経験がない。
Continuers 日本語が指導言語である学校で小学校1年生以上の正規教育を受けたことがなく、過去10年間に3年以上日本に住んだことがない。また教室外で日本語バックグラウンドを持つ人と、日本語での持続的な会話をしない。
Heritage 10歳以降、日本語が指導言語である学校で正規教育を受けていない。
Background 履修条件なし。

−−日本語を含む4つのアジア言語だけにHLコースやBGSコースが設けられているということですが、その理由についてボードはどう説明をしているのでしょうか?

ボードはアジア4言語のCコースに関しては「文化的および言語的バックグラウンドのない生徒」を対象としているので、そうでない生徒と区別するための履修条件があると説明しています。他言語のCコースは、あらゆる生徒が制限なく勉強できる、といったほかの言語コースとは異なった条件になっています。アジア4言語のみにBGSコースがあり、CコースとHLコースに履修条件があることについて、ボードは複数の理由を挙げていますが、その多くは納得できるものではないのです。

ボードは、英語が母語の者にとって日本語は最も習得に時間を要する言語の1つであるという米国の研究結果を引用していますが、これは40年前に外国語学習に熟練した成人の英語ネイティブ・スピーカーを対象に行われたもので、NSW州で日本語を学習する生徒に適用可能か否かは未知数です。

同じ研究で、アラビア語も日本語や中国語と同様、最も難しい言語カテゴリーに入っていますが、アラビア語Cコースには履修条件はありません。インドネシア語は多くのヨーロッパ言語よりも易しい言語とされているにもかかわらず、アジア4言語の1つとして同じ履修条件が適用されています。さらにNSW州の公立校の生徒のうち、4人に1人は英語以外の言語を家庭で使っているので、この研究結果はそれらの生徒にはあてはまらないと考えられます。

加えてボードは、日本の学校に通った経験があったり、家庭で日本語を話している生徒は、日本語を外国語として学んだ生徒に比べて極めて有利であるし、日本語のようにアルファベットを使わない言語の方がヨーロッパ系言語を学ぶよりはるかに難しいとしており、これをヨーロッパ系言語にBGSコースがなかったり、履修条件がない根拠の1つとしています。

また、ボード代表者は履修条件導入の理由として、本来Cコースの対象者である生徒の多くは日系生徒とは競争し得ないことを理由に日本語のCコースは取らないという生徒が多かったことも挙げています。しかし、オーストラリアで生まれ育ち、英語で学校教育を受けた子どもたちは日系であってもヨーロッパ系であっても、アルファベットを使わない言語を習得するのは難しいのです。

HSCJCはボードが、Cコースを受講した生徒の成績と、これら生徒の言語バックグラウンドについて調査しているかどうかを、2008年9月に問い合わせましたが、そういった調査は行っていないという回答でした。この時にCコースとBGSコースのギャップに落ち込んでいる生徒数の調査についても依頼しましたが、ボードからの回答はありません。

日系でない生徒がCコースを取ることを奨励するために履修条件が設けられたことで、多くの日系生徒は自分には難しすぎるコースを受講するか、日本語の学習を諦めるかの選択を迫られてているのです。

別のボード代表者は、履修条件があればクラスの生徒のレベルに一貫性を持たせられ、コース開発が容易になると指摘しています。ですが、これではコース開発当事者や教員中心のコースとなってしまいます。いかなる科目でも生徒のレベルにはある程度の幅があるはずで、それに対応できるようなコースを開発し、教えるのが本来の姿ではないでしょうか。

−−履修条件の内容はどのようなプロセスを経て定められたのでしょうか。

HSCJCがボードに問い合わせたところ、日本語コース(ネイティブ・スピーカーズ・コース)の履修条件が初めて定められたのは1990年で、ボードは当時、シドニー大学のヒュー・クラーク教授など日本研究の専門家と協議を行った上でコースを設置し、履修条件についてはシドニー日本人学校校長、在シドニー日本国総領事館とシドニー日本人会の代表者らの同意を得たとしています。

履修条件は90年以降4回改定されていますが、日系コミュニティーであるシドニー日本クラブの代表者らや、日系生徒の比較的多い学校の保護者グループがボードに対して問題を表明したが聞き入れられなかった、と聞いています。2010年4月に行われた協議には、直前に行われた日本語HLコース・セミナーで協議参加の要望が出席者から直接出されたことを受け、HSCJCと日本クラブからの代表者の参加が叶いました。ただし、HSCJCは協議の場で意見書を提出しましたが、一切考慮されませんでした。ボードは「協議を行い、日系コミュニティー代表者らも参加した」と公言していますが、提案を一切考慮しなかったことについては全く触れていません。

−−NSW州以外の州ではどうなのでしょうか。全国統一のカリキュラム開発も進められていますが、履修条件も統一されるのでしょうか。

これらアジア4言語を全く同じ枠組みとして扱っているのはNSW州のみで、ACTでは全言語が同じ条件となっており、SA州では一部のヨーロッパ系言語にも履修条件が設けられています。VIC州では、日本語コースは2つのみで7年間以上日本の教育を受けた生徒が「第一言語としての日本語」コースを受けるとされています。NSW州では1年間を越えるとHLコースを、11歳まで日本の教育を受けた生徒もBGSコースを受けなければなりません。

アジア言語コースの履修条件はNSW州が最初に導入しました。徐々に他州も独自の履修条件を取り入れましたが、各州でコース設定や条件が異なるので、連邦レベルで統一する試みが10年以上前から行われています。

NSW州ボードは「履修条件は連邦レベルで一貫した見解である」と述べていますが、実際は州の間でいまだに妥協できず、統一されていません。HLコースは全国統一カリキュラムとして開発されたコースであるにもかかわらず、履修条件において各州の同意が得られなかったことなどから、今年同コースを開設したのはNSW州のみです。

VIC州ボードの主導で、「履修条件をなくし、奨励制度とする」開発プロジェクトが完成しましたが、各州の同意が取れず、これも暗礁に乗り上げています。

全国統一カリキュラムが開発される中、日系生徒にとって不公平なNSW州の制度が全国的に採用されないよう、1人でも多くの人がボードおよびACARA(全国統一カリキュラム担当の連邦政府機関)に、意見や提案を述べることが大切です。

−−HLコースの対象となる生徒はどのような生徒なのでしょうか。

対象者や履修条件はボードのウェブサイトに出ていますので、そのほかの留意点としては「本人や親の国籍は問わない」「オーストラリア生まれだが定期的に日本で親戚と過ごしている」「CLS(コミュニティー・ランゲージ・スクール、以下CLS)校や通学校のハイスクールで日本語の勉強をしている」などの特徴をボードは挙げています。

同時に「言語能力は話す能力や聞く能力の方が書く能力よりも高い傾向にある」「日本語の口語は知っているが正式な文法についてシステム的に学んでいない」「日本語や日本文化に触れた度合いは生徒によって大幅に異なる」「HLコース開始時点での生徒の日本語能力水準はさまざまなレベルである」ことなどをボードは認めています。

ボードも認識している通り、ヘリテージ言語話者といっても、さまざまな言語環境で育っているので、個々の日本語習得度や日本文化の知識などに大きな差があります。にもかかわらず、生徒には自分に合ったレベルのコースを選択する権利がないので、これは不条理です。

−−子どもの日本語能力をHLコースを履修できるようなレベルにするにはどうしたらよいのでしょう。

ボードは、家庭で日本語を話すなど日本語によるコミュニケーションの機会を支持、維持するなど家庭でのサポートに加え、オープン・ハイスクールの9年生・10年生でHL準備コースを受講したり、CLS校やサタデー・スクールで勉強する、または日本を頻繁に訪れるなどの努力が必要、としています。しかし、オーストラリアの学校教育現場では「システム的に日本語を学ぶ場」がありません。このような環境で、HLコースが履修可能な日本語能力を身に着けるには、家族の努力に頼るしかないのです。

しかし、日本へ頻繁に行くための旅費や、CLS校の授業料や家庭教師費用なども経済的に余裕がないと出せません。また、中国系、韓国系と比較すると、在豪日系人の人口は少なく、居住地域も分散している傾向が強いため、日本語コミュニティーは確立されていません。したがって、日本語社会の一員として身に着けるべき日本語に触れる場は限られている一方、すべての親が家庭でこどもに言語を教えられるわけではありません。

Cコースの履修条件が撤廃されない限り、HLコースとのギャップに陥る子どもは今後も続出するでしょう。

−−HLコースはどこで受講可能でしょうか。

HLコースを受講できる学校は現在、チャッツウッドのサタデー・スクール1校のみです。日本語のバックグランドがある生徒は比較的少ないので、通学校で受講できる可能性は低いでしょう。2013年からはオープン・ハイスクールでも開設される予定です。

HLコースを開設できない理由に、生徒数が少なすぎることと、日本語教員不足が挙げられます。BコースやCコースは指導できてもHLコースを指導できる日本語教師は少ないので、教員の養成が必要です。HLコースを指導するためには、日本語はもとより、オーストラリアの学校教育カリキュラムに関する知識としっかりとした英語力が要求されます。そのような教員が公立や私立の学校に派遣され、複数の学校でHLコースが受講できる体制が理想的といえます。

−−HLコースを履修する場合、教室外でどのような勉強が必要でしょうか。

ボードは、日本の親戚などとの交流の機会、日本への頻繁な渡航、日本のポップ・カルチャーやアニメ、漫画などに触れる、オンラインの漢字リーディング・チューター・プログラムの活用などを奨励することが大切であるとしています。

しかし、家庭の社会経済的環境、方言、親の使用言語、家庭の教育方針といった個々の事情は、それぞれの生徒の「日本語習得度」や「日本との接触度」を大きく左右します。一方、家庭で日本語に触れていない子どもでも、コンピュータやテクノロジーの普及で、誰でも日本語プログラムを使って手軽に漢字を含む日本語学習ができるようになっています。

今は視覚、聴覚を通して日本語のメディアにいつでも誰でも触れることができる時代であるため、日本語を身に着ける機会は日系と日系以外の生徒の差が少なくなってきていると考えられます。この観点からも履修条件の撤廃は望ましいと言えます。

−−それではHLコースのメリットはなんであると言えますか。

ボードは、「HLコースは難しいが、優れた内容のコースで、修了時には大学で勉強できるレベルもしくは仕事で使えるレベルを目指している。生徒にはさまざまな機会を与え、生徒個人個人の文化的な背景へのつながりを強化させるものである。2つの言語、2つの文化について、ポジティブで成熟したアイデンティティーを育成し、高度な言語レベルをマスターできるように生徒を育てるコースである。言語面、文化面のさまざまな洞察を得ることが可能となり、HLコースで学んだ知識やスキルを将来の生活で適用し、特に就職において活用できることが期待される」と説明しています。

現在、日本語HLコースの履修資格を得、同コースを受講している11年生は18人です。このうち何人が来年のHSC試験を受けるかは未定です。新設コースなので経過を見ないと善し悪しは分からないですが、ゴールが高すぎると思われます。

ボードは「大学で勉強できるレベルを目指す」としていますが、全くの初心者でも豪州の大学で日本語を勉強することは可能なので、ボードが言うところの「大学で勉強できるレベル」とは、「日本の大学で日本語を指導言語として日本語以外の科目を学べるレベル」と解釈するしかありません。

しかし、これは豪州で生まれそだった一般的な子どもには非現実的な目標です。HLコース・シラバスやサンプル試験の開発担当者は、オーストラリアに住む日系の生徒の言語環境やバックグラウンドを認識していないと推測せざるを得ない目標です。

連邦政府の目標が、「高いレベルで卒業していく生徒の増加」にあるためにコース・レベルが高くなっている、とボードは説明していますが、実際に生徒が受けたいと思わないようなコース、もしくはコース受講に適した言語能力の生徒が一握りしかいないコースでは、作った意味がありません。HLコースが本当に日系生徒に適したコースであるかどうか、よく見定める必要があるのです。

また、生徒に「より難しいコースに挑戦する」ことによって特定のコースから生徒を除外するのではなく、難しいコースを受講すること自体がメリットとなるような奨励制度が必要です。

−−日系でもHLコースが難しすぎる場合はどうすればいいのでしょうか。

ボード代表者は、「すべての生徒が優秀な成績を収められるわけではない。それはほかの科目でも同じことである」と説明しています。HLコースが難しすぎる場合、生徒は日本語選択を諦めざるを得ませんが、ボードがこういった生徒については関知しないことを示しています。日本語コミュニティーが、自分たちで解決していかなければならないということでしょう。履修条件があるためにHSCで日本語選択を諦めざるを得なかったという経験をされた方は、HSC日本語対策委員会にご連絡ください。多くの方の体験談はボードや教育大臣にさらに働きかけをしていくための大切な資料となります。

署名活動に参加するには
 HSCJCのメーリング・アドレス登録希望と明記の上、連絡先をhsc.taisaku@live.jp宛てに送る。HSCJCのホームページ上で詳細を確認できる。
■HSCJC Web: hscjapanese.web.fc2.com/index.html(9月10日以降)

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