さて、バイリンガルな子どもをどう育てるか…

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さて、バイリンガルな子どもをどう育てるか…

 シドニーに赴任した時は2歳と4歳だった子どもたちも、成長し今では長男が28歳、長女は26歳になった。2人とも現在は日本に進出しているオーストラリア企業の日本支社に勤務。ここで生まれた次女も、この8月に21歳の誕生日を迎える。


 シドニー駐在が決まった時は、当然、子どもたちは日本人学校に入れるものだと考えていた。しかし保育園、幼稚園と現地校を体験していく中で、この国の教育事情の優れたところに気付き、そのまま小学校も現地校に進ませた。
 子どもたちは朝から晩まで英語漬けだから、小学校に入るころに英語はネイティブ・レベルになっていた。保育園のころは何とか英語を覚えてもらおうと必死で英語を教えたのだが、いつの間にか親よりも英語力が着いていた。しかし、今度は反対に日本語の力が心配になってきた。そのため我が家では、家庭では日本語を徹底して使うことで日本語能力の維持を試みた。
 大手学習塾の国語教材はかなり役立った。漢字が特に難しかったようだが、小さいころに泣きながらでも無理して漢字を覚える努力をしたことで、大人になり日本で暮らすようになっても抵抗がなく社会生活に順応できたようだ(漢字カードなどはよく使いましたね)。
 小学校、ハイスクールと進むにつれ、子どもたちが英語環境の中にいる時間はますます増えるようになる。そこでポイントになるのは、どれだけ親が正しい日本語で子どもたちに対応していくか、だと思う。互いのコミュニケーションはどうしても安易な英語になりがちだが、そこはしっかりと子どもたちの将来のためと思い、日本語でのコミュニケーションを厳しく守ることが大切だろう。子どもたち同士も英語で話す方がはるかに楽だったようだが、家庭のルールをしっかり守ってくれて良かったと思っている(たまに親に知られたくない会話は早口の英語で子ども同士していたが…)。
 長くシドニーで生活していく中で、日本語が頼りない日本の子どもたちを見かける。教育方針の違いもあると思うが、小学校・ハイスクールの子どもに日本人の親が英語でコミュニケーションしている姿もよく見かけた。私はもったいないと思う。親が日本語で話さない限り、子どもには日本語を話す機会はほとんどない。将来のことを考えた時、家庭で日本語を維持することで子どもたちのチャンスも広がると私は信じている。
 3人の子どもたちは完全ではないものの、仕事や生活には不自由はしないレベルの日本語を身に着けて自立している。長男はそれまでのファイナンスの経歴を生かし、英語ネイティブで日本語も理解できる財務スペシャリストを目指して、長女は兄に比べて少しだけ日本語が頼りないものの、ニセコのリゾート投資会社のオーストラリア社長アシスタントとして好きなスキーと温泉を満喫しながら、それぞれ生活している。
 と、ここまで書いたものの、考えてみれば私は日本の平均的父親だったと思う。仕事オンリーであまり家庭を顧みなかったので、母親として常に子どもたちと接していた妻に大いに感謝している。妻の献身的な努力があったことで子どもたちの日本語能力もここまで維持できたと思う。公文の教材も妻に任せきりだった。私がしたことは、「おい、家では日本語を使え」と、注意をしたことだけだったかもしれない。
 私たちはオーストラリアという素晴らしい環境の中で子どもたちを育てることができる。それだけでも日本で生活している子どもたちより、1歩も2歩もリードしているのかもしれない。海外で、しかも英語圏で育つという私たちの子どもたちの将来には、大きなチャンスがある。この環境をどれだけ生かせるかは、私たち親たちの考え方で違ってくるはずだ。
新木和広
プロフィル◎東京都出身。1976年大学卒業後、旅行会社勤務を経て80年から教育関連会社へ。84年から7年間シドニー駐在。91年の帰国辞令をきっかけに退職、英語学校を経営。現在はCOLLEGE HOUSE Groupの役員。

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